【故事成語】
烏鳥の私情
【読み方】
うちょうのしじょう
【意味】
子が親に養われて育った恩を忘れず、孝養を尽くす情愛のたとえ。親や祖父母に恩返しをしたい気持ちを、控えめに表す言葉。


【英語】
・filial piety(親への敬意・孝行)
【類義語】
・反哺の孝(はんぽのこう)
・三枝の礼(さんしのれい)
【対義語】
・親不孝(おやふこう)
「烏鳥の私情」の故事
「烏鳥の私情」は、中国・西晋の李密(りみつ)が書いた『陳情表』に出てくる「烏鳥私情、願乞終養」という句にもとづく故事成語です。ここでいう「烏鳥」は烏、「私情」は自分の立場から起こる心情を指します。
『陳情表』は、君主に事情を申し上げるための文章です。臣下が皇帝に思いを述べる「表」という形式の文章で、李密は晋の武帝に向けてこの文章を差し出しました。
李密は、幼いころに父を亡くし、母も改嫁したため、祖母の劉氏に育てられました。『陳情表』には、祖母が孤弱な李密を自ら育て、李密も祖母の病に付き添って薬の世話を続けたことが述べられています。
のちに晋の武帝は、李密を朝廷に召して、太子に仕える官職に就かせようとしました。しかし李密は、老いて病んだ祖母を世話する者が自分のほかにいないため、すぐには任官できない事情を訴えました。
『陳情表』の後半で、李密は、自分は四十四歳、祖母の劉氏は九十六歳であり、皇帝に節義を尽くす日は長く、祖母に報い養う日は短い、と述べます。その直後に「烏鳥私情、願乞終養」と続け、烏が親に報いるようなささやかな私情として、祖母を最後まで養いたいと願い出ました。
この「烏鳥」の背景には、烏の子が成長したあと、親鳥に食物を与えて養育の恩に報いるという考えがあります。こうした行いは「反哺(はんぽ)」と呼ばれ、親から受けた恩を返すことのたとえになりました。
烏が親に報いるという話は、三世紀の西晋の文人、成公綏(せいこうすい)の「烏の賦」にも出てきます。そこには、ひなが育って飛べるようになると、食物をくわえて親に与えるという内容が述べられています。
『陳情表』は、のちに『文選(もんぜん)』に収められました。『文選』は、六朝時代の梁で昭明太子(しょうめいたいし)蕭統(しょうとう)が編んだ詩文集で、六世紀前半に成立し、周から梁までの代表的な文学作品を集めた書物です。
『文選』では、『陳情表』は巻三十七の「表」の類に入ります。李密の文章は、朝廷への忠義を軽んじるのではなく、祖母を養い終えたいという孝の心を尽くして述べたものとして読まれてきました。
そのため「烏鳥の私情」は、単に親孝行をしたいというだけでなく、自分の親や祖父母への思いを、烏の反哺になぞらえてへりくだって表す言葉になりました。現在も、親や祖父母への恩返しの気持ちを、改まって上品にいう表現として用いられます。
「烏鳥の私情」の使い方




「烏鳥の私情」の例文
- 兄は烏鳥の私情から、病気の母を支えるために実家へ戻った。
- 祖母に育てられた彼は、烏鳥の私情を胸に、毎週欠かさず見舞いに通った。
- 烏鳥の私情という言葉には、親から受けた恩を忘れない心が込められている。
- 父の介護を引き受けた彼女の決意には、烏鳥の私情がにじんでいた。
- 遠くに住んでいても、烏鳥の私情を忘れず、両親にこまめに連絡を入れている。
- 烏鳥の私情から出た申し出だったので、家族は彼の思いを静かに受け止めた。
主な参考文献
・日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』日本漢字能力検定協会。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・原田種成著『新釈漢文大系82 文選(文章篇)上』明治書院、1994年。
・蕭統編『文選』6世紀前半。
・李密『陳情表』267年ごろ。
・Merriam-Webster.com Dictionary, “Filial Piety,” Merriam-Webster.























