【故事成語】
咳唾珠を成す
【読み方】
がいだたまをなす
【意味】
何気なく口をついて出た言葉までも、珠玉のように美しいこと。詩文や表現の才能が非常にすぐれていることのたとえ。


【英語】
・every word is a gem(どの言葉も宝石のようにすばらしい)
【類義語】
・咳唾成珠(がいだせいしゅ)
・錦心繍口(きんしんしゅうこう)
【対義語】
・驢鳴犬吠(ろめいけんばい)
「咳唾珠を成す」の故事
咳唾珠を成すは、中国の後漢末の文人、趙壱の文章に出てくる「咳唾自成珠」という言い方にもとづく故事成語です。『後漢書(ごかんじょ)』は後漢時代の歴史を記した中国の正史で、その列伝の中に趙壱の伝が収められています。
『後漢書』には、趙壱が才能をもちながら世に受け入れられにくく、世の中への不満をこめて『刺世疾邪賦』を作ったとあります。この文章は、正しい人が退けられ、権力や富のある人がもてはやされる世をきびしく批判する内容です。
その中で、秦の客が「富貴者称賢」とうたい、財産や地位のある者が賢者と呼ばれる世の中を皮肉ります。さらに、魯の人がその言葉を聞いて続けた歌に、「勢家多所宜,咳唾自成珠」と出てきます。これは、勢いのある家の人は何をしてもよいものとされ、せきやつばのようなものまで自然に珠玉になる、という意味の言い方です。
もとの文脈では、この言葉は単純なほめ言葉ではありません。権力のある人の何気ない言葉までありがたがられ、粗末な衣を着たすぐれた人は見落とされる、という社会への批判を含んでいます。ここでの「咳唾」は、せきやつばという具体的な意味と、人の言葉を敬っていう意味の両方に通じています。
後の時代には、「咳唾自成珠」の部分が切り出され、言葉そのものの美しさを表す言い方として用いられるようになりました。「咳唾成珠」とも表され、「咳唾珠を成す」と読み下して、ほんの口をついて出た言葉でも自然に美しい名句になること、また詩文の才能がすぐれていることを表します。
日本語での用例としては、江戸時代中期の漢詩史書『日本詩史(にほんしし)』(1771年、江村北海著)に、「錦心繍腸」と並べて「咳唾成珠」とする例が伝わっています。ここでは、人の内面に美しい詩情があり、口から出る言葉まで珠のようにすぐれている、という文芸的なほめ言葉として使われています。
このように、咳唾珠を成すは、もとは権勢ある人の言葉が過度に尊ばれることへの皮肉を含む言い方でした。そこから、ふとした言葉まで美しく価値あるものになるほどの詩文の才能をたたえる表現へと意味が整い、現在では主に、すぐれた言葉の力をほめる故事成語として使われています。
「咳唾珠を成す」の使い方




「咳唾珠を成す」の例文
- その詩人は咳唾珠を成すと言われ、短い手紙の一節まで美しく味わい深い。
- 咳唾珠を成す作家の随筆は、何気ない日常の描写にも光る言葉が多い。
- あの歌人は咳唾珠を成す人で、ふとした感想にも深い余韻がある。
- 恩師の講評は咳唾珠を成すようで、短い一言が生徒の心に長く残った。
- 名編集者は、若い作家が咳唾珠を成すほどの表現力を持つことを早くから見抜いた。
- 講演会で聞いた作家の言葉は、まさに咳唾珠を成すもので、会場全体が静かに聞き入った。
主な参考文献
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・范曄『後漢書』5世紀。
・江村北海『日本詩史』1771年。























