【故事成語】
可もなく不可もなし
【読み方】
かもなくふかもなし
【意味】
特によくも悪くもなく、普通・平凡であること。古くは、言行に行き過ぎや不足がなく、その時々にかなった適切な態度を取ることも表した。


【英語】
・neither good nor bad.(良くも悪くもない)
・so-so.(特によくも悪くもない)
【類義語】
・十人並み(じゅうにんなみ)
・毒にも薬にもならない(どくにもくすりにもならない)
「可もなく不可もなし」の故事
「可」は、よいと認められることや、よろしいと許すことを表します。「不可」はその反対で、よくないことや、認められないことを指します。この二つをともに「ない」とするのが、「可もなく不可もなし」という言い方です。
もとになった表現は、中国の古典『論語(ろんご)』「微子(びし)」にある「無可無不可」です。『論語』は、春秋時代の思想家である孔子と弟子たちの言行を、孔子の死後、弟子やその後の世代がまとめた書物です。
この章では、世を離れて自分の信念を守った逸民(いつみん)と呼ばれる七人が挙げられています。伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)・虞仲(ぐちゅう)・夷逸(いいつ)・朱張・柳下恵(りゅうかけい)・少連です。
孔子は、伯夷と叔斉について、志を曲げず、自分の身を汚さなかったと評しました。柳下恵と少連については、志を抑えて仕えることはあっても、発言や行動には道理が通っていたと述べています。
虞仲と夷逸については、世を避けて暮らし、世間の事柄を語らなくなったものの、自分の身を清く保ち、引退の仕方も時勢にかなっていたと評しています。この人々は、それぞれ一つの信念を強く守った人物でした。
その後、孔子は「我則異於是、無可無不可」と述べました。やさしく言えば、「私はこの人々とは異なり、あらかじめ必ずよいと決めた生き方も、必ず悪いと決めた生き方もない」という意味です。
古い注釈では、この言葉を「必ず進むとも、必ず退くとも決めず、ただ正しい道がどこにあるかに従う」と解いています。したがって、もとの「無可無不可」は、平凡で特色がないという意味ではなく、一つの考えに固執せず、その時々にふさわしい行動を選ぶ孔子の態度を表していました。
この表現は、後漢の歴史を記した袁宏の『後漢紀(ごかんき)』(4世紀・東晋、袁宏撰)にも出てきます。馬援が、漢の高祖と後漢の光武帝を比べ、「高帝大度、無可無不可」と述べた場面です。
馬援は、高祖には大きな度量があり、細かな決まりに縛られずに物事を処理したと評しています。ここでも「無可無不可」は、決断力がないという非難ではなく、状況に応じて柔軟に振る舞えることをほめる表現として使われています。
同じ逸話は、范曄が編んだ『後漢書(ごかんじょ)』巻二十四「馬援列伝」(5世紀・劉宋、范曄撰)にも収められました。『後漢書』は、『後漢紀』より後に成立した後漢の正史です。
日本では、16世紀前半の『京大本論語抄』に、孔子は伯夷や柳下恵のように一つの立場に決め込むのではなく、「可もなく不可もない」とするのだという説明が出てきます。この段階では、『論語』に近い、行き過ぎや不足のない適切な態度という意味でした。
一方、江戸時代後期の雑俳集『末摘花(すえつむはな)』(1776〜1801年)には、「女房のあぢは可もなくふかも無し」という用例があります。ここでは、取り立ててよくも悪くもないという、現在に近い意味で使われています。
昭和15年の太宰治『俗天使』にも、「可もなく、不可もない『スケッチ』」という用例があります。優れた特色も大きな欠点もない、ごく普通の作品を評する表現として用いられており、現代の意味がすでに定着していたことが分かります。
このように、「可もなく不可もなし」は、もとは決まった立場に執着せず、道理と状況に従う柔軟な生き方を表しました。それが後に、言葉の表面から「よいとも悪いとも評価できない」と受け取られ、現在の「平凡で、特に目立った長所も欠点もない」という意味へ広がりました。
「可もなく不可もなし」の使い方




「可もなく不可もなし」の例文
- 新しく加わった給食の献立は、可もなく不可もなしという評判だった。
- 彼の発表は間違いこそなかったが、内容は可もなく不可もなしだった。
- 駅前の旅館は、部屋も料理も可もなく不可もなしで、強く印象に残るところはなかった。
- その会社の新製品は、機能も価格も可もなく不可もなしで、売れ行きは伸びなかった。
- 面接での受け答えは可もなく不可もなしだったため、採用を決めるにはもう一つ長所が欲しかった。
- この小説は読みやすいものの、物語も登場人物も可もなく不可もなしという印象だった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』。
・袁宏『後漢紀』東晋、4世紀。
・范曄『後漢書』劉宋、5世紀。
・『京大本論語抄』16世紀前半。
・『誹風末摘花』1776〜1801年。
・太宰治『俗天使』1940年。























