【ことわざ】
金持ち喧嘩せず
【読み方】
かねもちけんかせず
【意味】
金持ちは損得にさとく、争っても利益にならないことを知っているため、むだな喧嘩をしないということ。また、有利な立場にある者は、その立場を失いかねない争いを避けるということ。


【英語】
・A rich man never quarrels.(金持ちは争わない)
【類義語】
・君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず)
【対義語】
・売り言葉に買い言葉(うりことばにかいことば)
「金持ち喧嘩せず」の語源・由来
「金持ち」は多くの財産や金銭を持つ人を、「喧嘩せず」は他人と争わないことを表します。ただし、このことわざは、裕福な人は必ず心が広く温厚になるという人物評ではありません。
争いを起こせば、金銭だけでなく、時間や信用、社会的な立場まで失うおそれがあります。すでに財産を持つ人には、わずかな意地のために大きな損失を招くような喧嘩をする利益はない、という考えが言葉の土台にあります。
そのため、「金持ち」は、単に裕福な人だけを指すとは限りません。勝負や競争で先に立つ人や、十分に有利な立場を得ている人が、小さな争いを避けて現在の優位を守る場合にも使われます。
文献上の初出例として挙げられているのは、石川淳の小説『普賢(ふげん)』(昭和11年、石川淳著)です。作中には、「失礼しちゃったね。金持喧嘩せずだ」とあります。
『普賢』は1936年に発表され、のちに小説集『普賢』として1937年に刊行されました。この作品は、石川淳の初期を代表する小説の一つであり、第4回芥川賞の受賞作でもあります。
この用例では、言葉の意味を説明せず、会話の中にそのまま置いています。そのため、昭和11年ごろには、争っても得にならない者は喧嘩を避けるという意味を伝える定型的な言い方として、通じていたことがうかがえます。
さらに、坂口安吾の小説『二流の人(にりゅうのひと)』(昭和22年、坂口安吾著)にも、「けれども、金持喧嘩せず」と出てきます。同作は、1947年1月に刊行された、黒田官兵衛を主人公とする歴史小説です。
この場面で「金持ち」に当たるのは、勢いに乗って天下統一を進めている豊臣秀吉です。徳川家康から強い態度を取られても腹を立てず、家康の協力を得るという大きな目的を優先し、冷静に策を進めています。
ここでは、文字どおり財産の多い人というだけでなく、力と優位を手にした者という意味で「金持ち」が使われています。小さな意地を張って大事な目的を損なわない秀吉の態度が、ことわざの意味に重ねられています。
古い用例では、「金持喧嘩せず」と、「金持ち」の「ち」を書かない表記が使われています。一方、現在は「金持ち喧嘩せず」という表記も一般的であり、どちらも同じことわざを表します。
現在では、財産家が争いを避ける場合だけでなく、試合や競争で先行している者が、わずかな得のために危険を冒さない場合にも用います。優位にいる者には、争って新たに得るものよりも、争いによって失うもののほうが大きいという考えです。
したがって、「金持ち喧嘩せず」は、弱気になって何事からも逃げることを勧める言葉ではありません。つまらない挑発に乗らず、むだな争いによる損失を避け、今ある財産や信用、優位な立場を守る賢明さを表すことわざです。
「金持ち喧嘩せず」の使い方




「金持ち喧嘩せず」の例文
- 店主は客の心ない一言にも言い返さず、金持ち喧嘩せずの態度を貫いた。
- 首位の選手は無理な勝負を避け、金持ち喧嘩せずで着実に得点を守った。
- 社長は競争相手の挑発を相手にせず、金持ち喧嘩せずとばかりに仕事へ戻った。
- 二点をリードするチームは、金持ち喧嘩せずで相手の乱暴な挑発に乗らなかった。
- 祖父は、つまらない意地で信用を失ってはならないと、金持ち喧嘩せずを教えた。
- 金持ち喧嘩せずとはいうものの、守るべき権利まで黙って手放す必要はない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・石川淳『普賢』版画荘、1937年。
・坂口安吾『二流の人』九州書房、1947年。























