【ことわざ】
学者の不身持ち
【読み方】
がくしゃのふみもち
【意味】
高い理想や立派な道理を説きながら、自分の実生活では実行が伴わないこと。


【英語】
・not practice what one preaches.(自分が人に説くとおりには行動しない)
【類義語】
・医者の不養生(いしゃのふようじょう)
・論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず)
・儒者の不身持ち(じゅしゃのふみもち)
【対義語】
・言行一致(げんこういっち)
「学者の不身持ち」の語源・由来
「学者の不身持ち」は、学問のある人が高い理想や道理を説きながら、実生活ではその教えを守らないという食い違いを皮肉ったことわざです。ここでの「学者」は、現在の研究者だけに限らず、学問に優れた人や知識の豊かな人を広く表します。
「学者」という言葉は、日本でも古くから使われてきました。『菅家文草(かんけぶんそう)』(900年ごろ・平安時代前期、菅原道真著)には、学問に優れた人を指す例があり、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』(1231〜1253年・鎌倉時代、道元著)では、学芸や仏道を学ぶ人という意味で使われています。
『天草本伊曾保物語(あまくさぼんいそほものがたり)』(1593年・安土桃山時代)には、文字をよく知る物知りを「学者」と呼ぶ例も出てきます。このように、近代的な研究職が成立する以前から、「学者」は学問や知識を身につけた人を表す言葉でした。
一方の「不身持ち」は、身の持ち方が悪いこと、すなわち品行がよくなく、生活を持ち崩していることを表します。「身持ち」は日頃の行いや暮らし方を指し、その前に打ち消しの「不」が付くことで、行状の悪さを表す言葉となっています。
「不身持ち」の古い例は、『諸道聴耳世間猿(しょどうききみみせけんざる)』(1766年・江戸時代中期、上田秋成著)に出てきます。そこには「何んとも尼のあるまじき不身持」とあり、僧尼としてふさわしくない品行を厳しくとがめる意味で使われています。
ただし、「学者の不身持ち」における「不身持ち」は、必ずしも酒や遊びにおぼれて生活を持ち崩すことだけを指しません。学者が口では立派な理想を説いているのに、その人自身の暮らしや行動が教えに沿っていないという、言葉と実行との不一致を広く表しています。
この発想の背景には、知識をもちながら実生活に生かせない人を皮肉る、古くからの言い回しがあります。「論語読みの論語知らず」は、書物の内容を知識として理解していても、それを自分の行動に移せない人をあざけることわざです。
「論語読みの論語知らず」に近い形は、『ロドリゲス日本大文典』(1604〜1608年・江戸時代初期、ジョアン・ロドリゲス著)に、すでに記録されています。のちには、儒者だけでなく、知識を得意げに語りながら実行できない学者一般を批判する言葉へと意味が広がりました。
また、『風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)』(1763年・江戸時代中期、平賀源内著)には、「医者の不養生、坊主の不信心、昔よりして然り」とあります。人に健康を説く医者が自分では養生せず、仏道を説く僧が自らは信心を欠くという、職業や立場と実際の行いとの矛盾を並べた表現です。
江戸時代には、このように、専門家の教えと本人の行動との食い違いを取り上げることわざが数多く用いられました。「学者の不身持ち」も、学問や道徳を語る人ほど、自分の行いもその教えに合わせるべきだという考えから生まれた言い方と考えられます。
このことわざには、「学者の不行儀」や「儒者の不身持ち」という類似した形もあります。「学者」を、儒学を修めて人々に教えを説いた「儒者」に替えても、知識と行動の食い違いを皮肉る骨組みは変わりません。
「紺屋の白袴(こうやのしろばかま)」も、専門家自身の不備を表すことわざですが、意味の重点は少し異なります。「紺屋の白袴」は、他人の仕事に追われて自分のことまで手が回らないことを表すのに対し、「学者の不身持ち」は、立派なことを説きながら自ら実行しない点を強く批判します。
したがって、このことわざは、単に学者の生活が散らかっているという意味ではありません。知識や理論を人に説く立場にありながら、自分の行いがそれに反しているという矛盾を示し、学んだことは実際の生活にも生かすべきだと戒める表現です。
「学者の不身持ち」の使い方




「学者の不身持ち」の例文
- 倫理を説く教授が研究記録を偽ったのでは、学者の不身持ちとの批判を免れない。
- 整理整頓の大切さを教える父の書斎が足の踏み場もないため、家族は学者の不身持ちだと苦笑した。
- 時間を守るよう部下に厳しく命じる課長が毎朝遅刻していては、学者の不身持ちも同然だ。
- 健康的な生活習慣を論じながら自分は昼夜を問わず働き続ける姿は、学者の不身持ちを思わせる。
- 読書の効用を語るだけで一冊も読み終えない彼は、学者の不身持ちとからかわれた。
- 学者の不身持ちとならないよう、講師は自らが説いた節電方法を家庭でも実践した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・ジョアン・ロドリゲス『日本大文典』1604〜1608年。
・平賀源内『風流志道軒伝』1763年。
・上田秋成『諸道聴耳世間猿』1766年。























