【故事成語】
客星帝座を犯す
【読み方】
かくせいていざをおかす
【意味】
身分の低い者が、天子の位をねらうことのたとえ。


「客星帝座を犯す」の故事
「客星帝座を犯す」は、中国の正史『後漢書(ごかんじょ)』(南朝宋・5世紀、范曄撰)の「逸民列伝」に収められた、厳光(げんこう)と後漢の光武帝(こうぶてい)との故事にもとづく表現です。『後漢書』の原文では、「帝座」ではなく「御座」という字が使われています。
中国の古い天文学では、空に突然現れ、しばらくすると消える星を「客星(かくせい)」と呼びました。いつもそこにある星ではなく、客のように一時だけ現れることから付いた名です。
「御座」や「帝座」は、文字どおりには皇帝の座を指しますが、星空の中では皇帝を象徴する場所を表しました。客星がそこへ近づくことを「犯す」といい、皇帝の身や地位に危険が迫る不吉な天象と受け取られました。
厳光は字(あざな)を子陵といい、後漢を建てた劉秀(りゅうしゅう)、のちの光武帝と若いころに共に学んだ人物です。劉秀が皇帝になると、厳光は姓名を変えて身を隠し、官職を求めずに暮らしていました。
光武帝は昔の友人である厳光を忘れず、その行方を捜させました。やがて、羊の皮衣を着て水辺で釣りをしている男がいるという知らせを受け、重ねて使者を送り、厳光を都へ招きました。
厳光は皇帝に呼ばれても、臣下らしい態度でへりくだろうとはしませんでした。光武帝が宿舎まで訪ねても横になったままで、政治を助けてほしいと頼まれても、仕官を望まない自分の考えを曲げませんでした。
その後、光武帝は厳光を宮中へ招き、二人は昔のことや世の道理について何日も語り合いました。やがて同じ寝床で休みましたが、眠っていた厳光は足を光武帝の腹の上に載せました。
翌日、星を観測する太史(たいし)が、「客星、御座を犯すこと甚だ急なり」と奏上しました。見慣れない星が皇帝を表す星のそばへ激しく迫っており、帝位に危険が及ぶ兆しだと告げたのです。
光武帝はそれを聞くと、「朕の故人、厳子陵と共に臥したるのみ」と笑いました。天上で客星が御座へ迫ったように見えたのは、地上で厳光が皇帝の腹に足を載せて眠ったためだと、親しみを込めて答えたのです。
この場面の厳光は、皇帝の位を奪おうとしていたわけではありません。光武帝から諫議大夫(かんぎたいふ)の官職を与えられても受けず、富春山へ退いて、畑を耕しながら釣りをして暮らしました。
したがって、原典の故事は、身分を越えた二人の友情と、皇帝の前でも自分の生き方を曲げない厳光の姿を伝えるものです。一方、後世の表現では、「外から現れた星が皇帝の座を侵す」という星占い上の意味が取り出され、身分の低い者が天子の位をねらうことのたとえとして定着しました。
北宋の李昉らが編んだ『太平御覧(たいへいぎょらん)』(983年成立)にも、厳光が光武帝と共に寝て、太史が「客星犯御座甚急」と告げた話が収められています。この故事が、後代の類書を通して広く伝えられていったことが分かります。
日本語では、原典に近い「客星御座を犯す」と、「御座」を皇帝の座という意味が明確な「帝座」に替えた「客星帝座を犯す」の両方が使われます。現在の「客星帝座を犯す」は、原典の星占いと逸話を背景に、低い立場の者が帝位をうかがうという政治的な野心を表す故事成語です。
「客星帝座を犯す」の使い方




「客星帝座を犯す」の例文
- 歴史小説では、地方の武将が王位をねらう動きを、客星帝座を犯すと表していた。
- 老臣は、無名の将軍が帝位をうかがう姿を見て、客星帝座を犯すと警戒した。
- 客星帝座を犯す野心を抱いた反乱者は、ひそかに宮廷の味方を増やしていった。
- 王位継承をめぐる物語で、客星帝座を犯す者の企てが国を大きく揺るがした。
- 研究会では、客星帝座を犯すの原典と、後世に定着した意味との違いが論じられた。
- 客星帝座を犯すは、単に出世を望むことではなく、低い立場の者が天子の位をねらうことを表す。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・范曄『後漢書』5世紀。
・李昉ほか編『太平御覧』983年。























