【ことわざ】
歌人は居ながらにして名所を知る
【読み方】
かじんはいながらにしてめいしょをしる
【意味】
歌人は古歌や歌枕を学ぶため、実際にその土地へ行かなくても、名所のありさまをよく知っているということ。


【類義語】
・歌人は行かずして名所を知る(かじんはいかずしてめいしょをしる)
【対義語】
・百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
「歌人は居ながらにして名所を知る」の語源・由来
「歌人は居ながらにして名所を知る」は、和歌の世界で育った「歌枕」と深く結びついたことわざです。歌人は実際に土地を歩くだけでなく、古い歌に詠まれた地名や景色を学ぶことで、名所の姿や、そこに重なる情趣を知りました。
「歌枕」は、もとは和歌に詠み込まれる歌語や、その言葉を解説した手引き書を指しました。『新撰髄脳』(11世紀初め、平安時代中期、藤原公任著)には、古人が「哥まくら」を本に置き、そこから心を表すという趣旨の古い用例があります。
その後、「歌枕」は、和歌にしばしば詠み込まれる特定の名所や旧跡を指す意味を強めました。『梁塵秘抄』(1179年ごろ・平安時代末期、後白河院編)には、近江の老曾・轟・蒲生野を「うたまくら」と呼ぶ用例があり、地名と歌の結びつきがよく分かります。
平安時代中期には、能因による歌学書『能因歌枕(のういんうたまくら)』が作られました。この書物は作歌のための手引きで、後の歌論書にも影響を与えたとされ、歌人が名所や歌語を学ぶ文化を支えました。
『源氏物語』(1001〜1014年ごろ・平安時代中期、紫式部著)「玉鬘」には、「よろづの草子、歌枕、よく案内知り見尽くして」という言い方が出てきます。物語の中でも、歌枕をよく知ることが、和歌を詠む力や教養と結びついていました。
このことわざの古い形として、『九州のみちの記』(1592年・安土桃山時代、木下勝俊著)に、「まことに歌人はゆかずして名所をしるとことわざにいへるがごとく」とあります。ここでは、歌人が実際に行かなくても名所を知る、という形で、すでに「ことわざ」として扱われています。
木下勝俊は、のちに木下長嘯子と号した歌人です。『九州のみちの記』は、1592年の旅の記録で、播磨・備後・厳島・下関・博多・大宰府などを経て、筑紫の歌枕を眺めながら肥前名護屋へ向かう道筋を記したものです。
この古い用例では、「居ながら」ではなく「ゆかずして」とあります。つまり、今の形に近い考え方は、まず「行かずして名所を知る」という言い方で表れ、後に「居ながら名所を知る」「居ながらにして名所を知る」という形でも広まりました。
江戸時代には、旅や名所への関心が高まり、名所記や名所図会のような書物も広まりました。『東海道中膝栗毛』(1802〜1809年・江戸時代後期、十返舎一九作)五編序には、「歌人は居ながら名所をしり、雅人は行て名所を探る」という趣旨の言葉が出てきます。
この言い方では、古歌や歌枕を通して知る名所と、実際に旅をして探る名所とが対比されています。歌人にとっての名所は、ただ地図上の場所ではなく、多くの歌に詠まれ、読まれ、心に受け継がれてきた「文学上の風景」でもありました。
そのため、このことわざは、ただ「行かなくても知っている」という意味にとどまりません。学びを重ねれば、遠い場所や古い景色についても、深い理解に近づけるという、和歌の世界らしい知恵を伝える言葉です。
「歌人は居ながらにして名所を知る」の使い方




「歌人は居ながらにして名所を知る」の例文
- 古歌を読み込んだ先生は、歌人は居ながらにして名所を知るというように、訪れたことのない土地の歌枕にも詳しい。
- 祖母は旅に出られなくなってからも、古典を読み、歌人は居ながらにして名所を知る楽しみを味わっている。
- 和歌の研究を続けると、歌人は居ながらにして名所を知るという言葉の意味がよく分かる。
- 地名にまつわる古歌をたどる学習は、歌人は居ながらにして名所を知るという考え方に通じる。
- 彼は写真だけでなく古い歌も調べ、歌人は居ながらにして名所を知るように、まだ見ぬ海辺の情景をつかんだ。
- 歌人は居ながらにして名所を知るとは、学びによって遠い土地の姿や心まで理解しようとする姿勢を表す。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・藤原公任『新撰髄脳』11世紀初め。
・後白河院編『梁塵秘抄』1179年ごろ。
・紫式部『源氏物語』1001〜1014年ごろ。
・能因『能因歌枕』平安時代中期。
・木下勝俊『九州のみちの記』1592年。
・十返舎一九『東海道中膝栗毛』1802〜1809年。























