【ことわざ】
器量より気前
【読み方】
きりょうよりきまえ
【意味】
顔立ちの美しさよりも、気立てのよさのほうが大切だということ。


【英語】
・Handsome is as handsome does.(人の値打ちは外見ではなく行いで決まる)
【類義語】
・見目より心(みめよりこころ)
・人は見目よりただ心(ひとはみめよりただこころ)
「器量より気前」の語源・由来
「器量より気前」は、「器量」と「気前」を「より」で比べ、外見の美しさよりも人柄のよさを重んじることわざです。この場合の「器量」は、物事を成し遂げる能力や、人物としての大きさではなく、顔立ちや容姿を指します。
「器量」は、もともと才能や力量を表す言葉でした。奈良時代の『家伝』(760年ごろ)にも、能力を表す用例がありますが、のちには顔かたちを指すようになり、『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603~1604年・安土桃山時代から江戸時代初期)には、容姿のよい人を表す「Qiriǒna ヒト」という用例が出てきます。
一方の「気前」は、現在では、金銭を惜しまず、さっぱりと使う性質を表すことが多い言葉です。しかし、このことわざでは、より古い「気だて・心だて・性質」という意味で用います。歌舞伎『貞操花鳥羽恋塚』(1809年・江戸時代後期)には、「其方の気前が面白い」とあり、人の性質や心意気を表しています。
「気前」には「きぜん」という読み方もあり、江戸時代後期の洒落本(しゃれぼん)では、気立てや性質を表す言葉として使われていました。『妓者呼子鳥(げいしゃよぶこどり)』(1777年)には「きぜんなやつ」、『柳巷訛言(りゅうこうかげん)』(1783年)には「気ぜんはゑゑ」とあります。こうした用法からも、「気前」が人の内面を表す言葉であったことが分かります。
現在の形は、上田万年・松井簡治が著した『大日本国語辞典(だいにほんこくごじてん)』第1巻(1915年・大正時代)に、「器量より氣前」として収められています。そこには、「容貌の美よりは、氣まへのよきがよしとの意」とあり、顔の美しさよりも、性質のよさを尊ぶ言葉であることを示しています。
ただし、このことわざが初めて生まれた時期や、特定の人物が作ったという由来は明らかではありません。外見より心を大切にするという考え方そのものは、現在の形が辞書に収められるよりも早くから、日本のことわざに表れていました。
その一例が、「見目より心」です。評判記(ひょうばんき)の『吉原人たばね』(1680年ごろ・江戸時代前期)には、「みめより心とはいへ共」とあります。「見目」は顔かたちを指し、外見よりも心の美しさを重んじるという、現在の「器量より気前」とよく似た考え方を表しています。
また、「見目より心」は、古くは「人は見目よりただ心」という形でも使われ、のちに短い形が広まりました。「器量より気前」も同じように、外側に表れる美しさと、長く付き合ううちに分かる心のあり方とを、短い対句によって比べたものです。
このことわざの「気前」を単に金払いのよさと受け取ると、本来の意味から外れてしまいます。顔立ちの美しさは目につきやすいものですが、人の値打ちを決めるのは、相手を思いやる心や誠実な行いであるという教えを、「器量より気前」は伝えています。
「器量より気前」の使い方




「器量より気前」の例文
- 祖母は、結婚相手を選ぶなら器量より気前だと、孫娘に語った。
- 彼は器量より気前を重んじ、容姿ではなく誠実な人柄に心を引かれた。
- 器量より気前というように、長く付き合う相手には思いやりの深さが大切だ。
- 母は器量より気前を口ぐせにし、人を外見だけで判断してはならないと教えた。
- 華やかな容姿に目を奪われても、器量より気前の考えを忘れてはならない。
- 物語の主人公は器量より気前を選び、優しく働き者の娘と家庭を築いた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000~2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・上田万年・松井簡治著『大日本国語辞典』金港堂書籍、1915~1919年。
・『日葡辞書』1603~1604年。
・『吉原人たばね』1680年ごろ。
・『貞操花鳥羽恋塚』1809年。























