【ことわざ】
口あれば食い、肩あれば着る
【読み方】
くちあればくい、かたあればきる
【意味】
人は生きている限り、何とか衣食を得て暮らしていけるものだから、先の生活を必要以上に心配することはないというたとえ。


【類義語】
・生き身に餌食(いきみにえじき)
「口あれば食い、肩あれば着る」の語源・由来
「口あれば食い、肩あれば着る」は、人の体にある「口」と「肩」を、生活に欠かせない「食」と「衣」に対応させたことわざです。口があれば食べ、肩があれば衣服を着るという、ごく身近な体の働きを並べることで、生きてさえいれば何とか食べ物や着る物を得て、暮らしを続けられるものだと表しています。
このことわざには、「口あれば食って通る、肩あれば着て通る」や、「口あらば食って通る、肩あらば着て通る」という長い形もあります。「通る」は、日々を過ごす、世の中を渡っていくという意味を添えており、何とか暮らしを立てていけるという考えを、いっそうはっきり示しています。
これと同じ発想は、中世の禅の言葉にも出てきます。『正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)』(1235〜1238年・鎌倉時代、道元の言葉を懐奘が記録)には、宋の宏智禅師を慕って大勢の修行僧が集まり、寺の用意した食料では足りなくなることを担当の僧が心配した話があります。
宏智禅師は、その心配に対して「人人皆口有り、汝が事に干からず、嘆くこと莫れ」と答えました。人にはそれぞれ口があるのだから、あなたが一人で世話を焼いて嘆くことではない、という意味です。修行を志して集まった者は、食べる道もおのずから開けるという考えが、「口あれば食い」によく通じています。
さらに、鎌倉時代末期の禅僧・宗峰妙超が弟子に残した『興禅大燈国師遺誡(こうぜんだいとうこくしゆいかい)』には、「衣食(えじき)の為にすること莫れ。肩あって着ずということなく、口あって食らわずということなし」とあります。仏道を学ぶ者は、衣服や食物を得ることばかり心配せず、修行に心を集中しなさいという教えです。
この文では、現在のことわざとは順序が逆で、「肩」と「口」が先に並び、「着ないことはなく、食べないこともない」という否定の形になっています。しかし、人には肩がある以上は着る物があり、口がある以上は食べる物もあるという内容は、「口あれば食い、肩あれば着る」とほぼ重なります。
ただし、現在のことわざがこの遺誡から直接生まれたとまでは言い切れません。『正法眼蔵随聞記』にも近い考えが記されていることから、衣食への過度な心配を戒め、「生きていれば何とかなる」と励ます言い回しが、中世からさまざまな形で語り継がれてきたと考えられます。
後には、「肩あれば着る」のように後半だけを取り出した形や、「口あれば食って通る、肩あれば着て通る」という形も用いられました。そして、短く調子のよい「口あれば食い、肩あれば着る」という形にまとまり、人は何とか暮らしていけるのだから、まだ起きていない苦労を案じすぎる必要はないという、楽観的な励ましのことわざとして定着しました。
「口あれば食い、肩あれば着る」の使い方




「口あれば食い、肩あれば着る」の例文
- 就職のため故郷を離れる息子に、父は口あれば食い、肩あれば着ると言って勇気づけた。
- 口あれば食い、肩あれば着ると腹を決め、彼女は長年望んでいた仕事に挑戦した。
- 祖母は口あれば食い、肩あれば着るを信条とし、先の暮らしをむやみに悲観しなかった。
- 商売が一時苦しくなっても、口あれば食い、肩あれば着ると家族で支え合った。
- 新しい土地での生活を不安がる友人に、彼は口あれば食い、肩あれば着ると励ました。
- 口あれば食い、肩あれば着るというものの、旅立つ前に当面の住まいと仕事は整えておくべきだ。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・道元述、懐奘編、山崎正一全訳注『正法眼蔵随聞記』講談社、2003年。
・懐奘編『正法眼蔵随聞記』1235〜1238年成立。
・宗峰妙超『興禅大燈国師遺誡』鎌倉時代末期。























