【ことわざ】
食い物のあるのに鉄砲汁
【読み方】
くいもののあるのにてっぽうじる
【意味】
ほかに安全な食べ物があるのに、わざわざ毒に当たる危険のあるふぐ汁を選ぶような、物好きな人や変わった好みの人を皮肉る言葉。


【類義語】
・河豚汁や鯛もあるのに無分別(ふぐじるやたいもあるのにむふんべつ)
「食い物のあるのに鉄砲汁」の語源・由来
「食い物のあるのに鉄砲汁」の「鉄砲汁」は、鉄砲の形をした器で作る汁ではなく、ふぐの肉を入れた汁、すなわちふぐ汁を指します。ふぐは、毒のある部位を誤って食べると中毒を起こし、かつては命を落とすことも少なくありませんでした。そのため、弾に「当たる」と命にかかわる鉄砲になぞらえ、ふぐやふぐ料理を「鉄砲」と呼ぶようになりました。
ふぐ汁そのものは、古くから食べられていました。『大草家料理書(おおくさけりょうりしょ)』(16世紀中ごろから後半ごろ成立、室町時代末期)には、ふぐ汁の料理法について、「ふぐ汁料理は差合有候故,取捨仕候也」とあります。料理法を記すことには差し支えがあるため省いたという意味で、ふぐ汁が知られていた一方、その危険性から慎むべき料理とも考えられていたことがうかがえます。
江戸時代前期には、松尾芭蕉が「ふぐ汁や鯛もあるのに無分別」と詠んでいます。おいしく安全な鯛もあるのに、なぜ毒の危険があるふぐ汁を選ぶのか、何とも思慮のないことだという句です。「ほかに食べる物があるのに、わざわざふぐ汁を選ぶ」という組み立ては、現在の「食い物のあるのに鉄砲汁」とよく似ています。
ただし、芭蕉の句には「鉄砲汁」という言葉は使われていません。「鉄砲」がふぐを指す古い例としては、雑俳(ざっぱい)『たから船』(1703年・江戸時代前期)に、「鉄炮と名にこそ立れふぐと汁」とあります。ふぐ汁が、当たれば危険な「鉄砲」という名で評判になっていることを詠んだものです。
さらに、『針の供養(はりのくよう)』(1774年・江戸時代中期、銅脈先生作)には、「先年鉄炮汁におあたりなされて」とあります。以前、鉄砲汁を食べて中毒したという場面で、「鉄炮汁」と「おあたり」が重ねられています。食べ物に当たることと、鉄砲の弾に当たることを掛けた言い方であり、このころには「鉄砲汁」がふぐ汁の名として定着していたことが分かります。
このように、古くから「鯛などの安全な食べ物もあるのに、危険なふぐ汁を選ぶのは無分別だ」という考え方がありました。一方、ふぐ汁には「鉄砲汁」という名が定着しました。この二つが結び付いて、「食い物のあるのに鉄砲汁」という簡潔なことわざになったと考えられます。現在は、「食い物もあるのに鉄砲汁」という形も使われます。
このことわざは、単にふぐを食べる人すべてを非難する言葉ではありません。ほかに安全な物が十分にあるのに、珍しさだけを求めて危険な物を選ぶ人や、風変わりな好みにこだわる人を、皮肉を込めてからかう言い方です。
なお、北海道の道東地方では、カニの脚を入れたみそ汁も「てっぽう汁」と呼びます。カニの身を箸でつつき出す動作を、鉄砲に弾を詰める姿に見立てた名称ですが、「食い物のあるのに鉄砲汁」の「鉄砲汁」は、カニ汁ではなく、ふぐ汁を指します。
「食い物のあるのに鉄砲汁」の使い方




「食い物のあるのに鉄砲汁」の例文
- 安全な料理が並んでいるのに、正体の分からないきのこを食べたがるとは、食い物のあるのに鉄砲汁だ。
- 自分で釣ったふぐを見よう見まねで料理しようとする兄を、祖父は食い物のあるのに鉄砲汁だと戒めた。
- 珍味好きの彼は、普通の魚には目もくれず危険な食材ばかり求めるため、食い物のあるのに鉄砲汁とからかわれている。
- 食べられる物がほかに十分あるのだから、毒の有無も分からない野草を試すのは食い物のあるのに鉄砲汁というものだ。
- 安全性の確かでない料理にあえて手を出す客を見て、店主は食い物のあるのに鉄砲汁だとあきれた。
- 食い物のあるのに鉄砲汁にならないよう、珍しい食材ほど調理法や安全性を確かめる必要がある。
主な参考文献
・尚学図書編『故事・俗信 ことわざ大辞典』小学館、1982年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松尾芭蕉『芭蕉俳句全集』博文館、1903年。
・『大草家料理書』16世紀中ごろから後半ごろ。
・『たから船』1703年。
・銅脈先生『針の供養』1774年。























