【慣用句】
奥歯に衣着せる
【読み方】
おくばにきぬきせる
【意味】
物事をはっきり言わず、相手に何かを察しさせるような思わせぶりな言い方をすること。


【英語】
・beat around the bush(肝心なことを避け、遠回しに話す)
【類義語】
・奥歯に物が挟まる(おくばにものがはさまる)
【対義語】
・歯に衣着せぬ(はにきぬきせぬ)
「奥歯に衣着せる」の語源・由来
「奥歯に衣着せる」は、口の奥にある歯へ衣服をかぶせるという、実際にはあり得ない情景を言葉にした表現です。「衣」は「きぬ」と読み、ここでは衣服や着物を指します。
奥歯に衣を着せれば、口の動きが妨げられ、言葉がはっきりと外へ出ない様子を思わせます。そこから、言いたいことを率直に述べず、何かを隠しているような、思わせぶりな話し方を表すようになりました。
この表現は、ただ声が聞き取りにくいというだけのものではありません。本心や肝心な事情を言葉の奥に隠し、相手に推し量らせようとする態度まで含んでいます。
歯と衣を結び付けた古い表現には、「歯に衣着せぬ」があります。『応永本論語抄(おうえいぼんろんごしょう)』(1420年・室町時代)には、「歯にきぬをきせすの玉へり」とあり、思ったことを包み隠さず、はっきり述べる意味で使われています。
「歯に衣着せぬ」は、歯を覆うものを置かず、率直に話すことを表します。これに対して「奥歯に衣着せる」は、衣を着せる形を取り、しかも見えにくい奥歯を用いることで、言葉を隠してはっきり述べない様子を表しています。
「奥歯に衣着せる」の最古級の用例は、歌舞伎『毛抜(けぬき)』(1742年・江戸時代中期、津打半十郎・安田蛙文・中田万助作)に出てきます。この作品は、同年に大坂で初演された『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』の一部で、後に独立し、歌舞伎十八番の一つとなりました。
『毛抜』では、文屋豊秀(ぶんやのとよひで)の家臣である粂寺弾正(くめでらだんじょう)が、婚礼の進まない理由を確かめるため、小野春道(おののはるみち)の館を訪れます。春道の娘である錦の前(にしきのまえ)は、髪が突然逆立つ不思議な病に悩まされていました。
館では家臣たちの争いが起こり、姫の病や婚礼についても、すっきりと話が進みません。その中で弾正は、「コレコレ民部、面妖、この人は奥歯に衣着せる男ぢゃ」と言い、はっきりしない物言いをとがめます。
この台詞では、「奥歯に衣着せる」が、相手の返答が分かりにくいというだけでなく、肝心な事情を隠し、思わせぶりに話していることを表しています。現在の意味とほぼ同じ用法が、江戸時代中期には、すでに定着していたことが分かります。
その後、「奥歯に衣を着せる」という、「を」を加えた形も用いられるようになりました。「奥歯に衣着せる」と「奥歯に衣を着せる」は、どちらも率直に言わず、遠回しで思わせぶりに話すことを表します。
意味の近い「奥歯に物が挟まる」は、奥歯に異物が残り、口の中がすっきりしない状態をたとえた表現です。相手への遠慮や隠れた事情のために、思っていることをはっきり言えない様子を表します。
このように、「奥歯に衣着せる」は、言葉を衣で覆うという比喩と、歌舞伎の台詞に残る古い用法を通して定着した慣用句です。相手への思いやりから表現を柔らかくする場合ではなく、本心や重要な事情を隠し、要領を得ない言い方をする場合に用います。
「奥歯に衣着せる」の使い方




「奥歯に衣着せる」の例文
- 担当者は計画が遅れている理由を明かさず、奥歯に衣着せるような返事をした。
- 友人の奥歯に衣着せる話し方から、まだ何か隠していることが伝わってきた。
- 奥歯に衣着せるような報告では、問題の原因を正しく判断できない。
- 母は奥歯に衣着せる言い方をせず、家族に事情を率直に説明した。
- 記者の質問に対する社長の答えは、終始、奥歯に衣着せるものだった。
- 彼が奥歯に衣着せるように忠告したため、聞き手には真意が伝わらなかった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・Cambridge University Press『Cambridge Academic Content Dictionary』Cambridge University Press、2009年。
・河竹繁俊校註『歌舞伎十八番集』朝日新聞社、1952年。
・『応永本論語抄』1420年。
・津打半十郎・安田蛙文・中田万助『雷神不動北山桜』1742年。























