【ことわざ】
易者身の上知らず
【読み方】
えきしゃみのうえしらず
【意味】
他人の身の上についてはよく判断できても、自分自身のこととなると正しく判断できないということ。


【類義語】
・陰陽師身の上知らず(おんようじみのうえしらず)
・占者身の上知らず(うらないしゃみのうえしらず)
「易者身の上知らず」の語源・由来
「易者身の上知らず」の「易者」は、易によって人の運勢や吉凶を判断する人を指します。易者は、筮竹(ぜいちく)や算木(さんぎ)を用いて卦(け)を立て、その結果から人の運命や将来を占いました。
このことわざは、他人の将来を占うことを職業とする易者であっても、自分自身の運命は見通せないという矛盾を、皮肉を込めて言い表したものです。そこから、他人のことには詳しくても、自分のことはよく分からないという、人間一般の弱さを表すようになりました。
現在の「易者身の上知らず」より古い形として、「陰陽師身の上知らず」があります。「陰陽師」は、人の吉凶や運命などを占う者を指し、この形も、現在のことわざとほぼ同じ意味で用いられました。
近松門左衛門作として伝わる浄瑠璃『弁慶京土産(べんけいきょうみやげ)』(1696年・江戸時代前期)には、「おんやうじ身の上知らずと腹をかかへて笑ひけり」とあります。古い表記の「おんやうじ」は、現在の「陰陽師」に当たります。
この一節では、「陰陽師身の上知らず」という言い方を受けて、人が腹を抱えて笑っています。自分の運命を知るはずの者が、かえって自分のことを知らないという食い違いが、笑いを誘うことわざとして使われています。
したがって、このことわざの古い姿は、江戸時代前期にはすでに「陰陽師身の上知らず」という形で現れていました。現在の形は、特定の中国の故事から直接生まれたものではなく、日本で占いを行う者の姿を題材として定着したことわざであることが分かります。
江戸時代には、儒学の広まりとともに、易の研究や易による占いが盛んになりました。神職、僧侶、山伏、浪人などの中から占いを職業とする者が現れ、家で客を迎える易者や、町の路上で占う大道易者も広く知られるようになりました。
こうした易者は、「八卦見(はっけみ)」や「算置(さんおき)」とも呼ばれました。民間で「易者」という呼び名が広まるにつれて、古い「陰陽師身の上知らず」の「陰陽師」を「易者」に置き換えた「易者身の上知らず」も、同じ教えを表す形として使われるようになりました。
明治30年には、小林清親が描き、武川清吉が発行した『教育いろは談語』の一枚に、「陰陽師身の上知らず」が取り上げられています。明治時代にも、古い形が絵入りの読み物を通して親しまれていたことが分かります。
さらに、内田魯庵の『社会百面相(しゃかいひゃくめんそう)』(明治35年)には、「売卜者身の上を知らずといふが」とあります。「売卜者」は占いを売る者、つまり占い師を指し、職業名を変えながら、同じ型のことわざが使われていました。
この用例では、他人について物を言う立場の者が、自分のすぐ先のことさえ分からないという皮肉として用いられています。ことわざの意味が、占い師へのからかいだけでなく、専門家であっても自分自身を正しく判断することは難しいという、広い意味にまで及んでいたことを示しています。
こうして、「易者身の上知らず」は、古い「陰陽師身の上知らず」を受け継ぎながら、占いの場面を越えて使われるようになりました。他人には立派な判断や助言ができても、自分の問題には迷うことがあるという、自分を客観的に見ることの難しさを伝えることわざです。
「易者身の上知らず」の使い方




「易者身の上知らず」の例文
- 人には的確な進路指導をする彼も、自分の転職先を決められず、易者身の上知らずの状態だった。
- 経営相談で評判の専門家が自社の危機を見抜けなかったとは、易者身の上知らずである。
- 友人の恋愛相談には冷静に答える姉も、自分の恋には迷っており、易者身の上知らずというほかない。
- 他人の作品を鋭く批評する作家が自作の欠点に気づかないのは、易者身の上知らずの一例である。
- 相談員である父も、自分の家庭の問題では判断に迷い、易者身の上知らずを実感した。
- 易者身の上知らずというように、自分自身を客観的に見ることは専門家にも難しい。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・近松門左衛門『弁慶京土産』1696年。
・小林清親『教育いろは談語「陰陽師身の上知らず」』武川清吉、1897年。
・内田魯庵『社会百面相』博文館、1902年。























