【ことわざ】
縁の目には霧が降る
【読み方】
えんのめにはきりがふる
【意味】
縁あって結ばれる者の目には、相手の欠点が見えにくく、むしろよいところばかりが目につくというたとえ。


【英語】
・Love is blind(恋は人を夢中にさせ、理性や常識を失わせる)
【類義語】
・痘痕も靨(あばたもえくぼ)
・惚れた欲目(ほれたよくめ)
・恋は盲目(こいはもうもく)
【対義語】
・岡目八目(おかめはちもく)
「縁の目には霧が降る」の語源・由来
「縁の目には霧が降る」は、「縁」と「霧」という二つの言葉を重ねて、人の見方がかたよる様子を表したことわざです。縁によって結ばれた者は、相手の欠点が見えにくく、美点ばかりが目につくという意味で使われます。
「縁」は、もとは仏教で、結果を生じさせる条件やめぐり合わせを表す言葉です。そこから、人と人とのめぐり合わせ、親子・夫婦などの結びつき、物事とのつながりを表すようになりました。
このことわざの「縁」は、広い意味での人のつながりを指しますが、特に恋愛や夫婦のような親しい結びつきについて使われやすい言葉です。縁のある相手には心が引かれ、その人を好意的に見る気持ちが強くなります。
「霧」は、地表や海面の近くで細かな水滴が空中に浮かび、遠くのものが見えにくくなる現象です。気象観測では、水平に見通せる距離が一キロメートル未満になった状態を霧と呼びます。
そのため、「目には霧が降る」とは、実際に目の中へ霧が入るという意味ではありません。霧がかかると景色がはっきり見えなくなるように、心の近さや好意によって、相手の欠点がぼんやりしてしまうことを表します。
このことわざでは、相手の欠点がただ見えないだけでなく、時にはよいところとして受け取られることも含みます。たとえば、周囲にはわがままに見えるふるまいでも、本人には「かわいらしいところ」と思えてしまうような場合です。
近い考え方を表す言葉に「痘痕も靨」があります。好きになると、醜いあばたでさえ、かわいらしいえくぼに見えるという意味で、惚れた目には欠点までも長所に見えることを表します。
また、「恋は盲目」や「恋は闇」も、恋によって理性や常識を失い、正しい判断がしにくくなることを表します。「恋は闇」は、浮世草子『好色一代男』(1682年・江戸時代前期、井原西鶴著)にも出てくる古い言い方です。
「縁の目には霧が降る」は、これらの言葉と同じく、愛情や親しさによって目が曇るという人間の心理を言い表します。ただし、「霧」というたとえを使うため、目の前のものが完全に消えるのではなく、はっきり見えなくなるという柔らかな表現になっています。
このことわざは、相手を好きになること自体を責める言葉ではありません。大切な相手を見るときほど、よいところばかりに目が向き、欠点や危うさを見落としやすいという注意を含む言葉です。
現在の使い方では、恋愛や結婚に関する場面だけでなく、深く親しい相手をひいき目に見てしまう場合にも用いられます。縁が深いほど見方が甘くなることを、霧に包まれた目にたとえて、印象深く言い表したことわざです。
「縁の目には霧が降る」の使い方




「縁の目には霧が降る」の例文
- 友人は恋人の身勝手な態度に気づかず、縁の目には霧が降るとはこのことだと思った。
- 姉は相手の欠点をすべて個性だと言い、縁の目には霧が降るという言葉が思い浮かんだ。
- 周囲が心配して忠告しても、彼には縁の目には霧が降るようで、相手の悪いところが見えていない。
- 縁の目には霧が降るというが、親しい相手ほど冷静に見ることも大切だ。
- 彼女は友人の失敗を何度も許しており、縁の目には霧が降る状態になっていた。
- 結婚を考えるなら、縁の目には霧が降ることを忘れず、相手の長所と短所を落ち着いて見たい。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・井原西鶴『好色一代男』1682年。
・気象庁『予報用語 氷、霜、霧、雷、日照時間』。























