【故事成語】
英雄人を欺く
【読み方】
えいゆうひとをあざむく
【意味】
才知にすぐれた人物は、普通の人が思いも寄らない計略や行動によって、人の意表を突くものだということ。


【類義語】
・神機妙算(しんきみょうさん)
・意表を突く(いひょうをつく)
「英雄人を欺く」の故事
「英雄人を欺く」は、中国・明代の文人である李攀龍(りはんりょう)の詩論「選唐詩序」にある「英雄欺人耳」を、日本語の漢文訓読で「英雄、人を欺く」と読んだ表現です。李攀龍は1514年に生まれ、1570年に没した後七子(ごしちし)の一人です。
李攀龍は、文章では秦・漢、詩では盛唐の作品を手本とする立場を取りました。古い時代のすぐれた文章や詩の格調を学び、その作風を理想とする考え方です。
「選唐詩序」は、戦いや政治上の計略について語った文章ではありません。唐代のさまざまな詩の形式と詩人を取り上げ、それぞれの長所や弱点を論じた短い詩論です。
その中で、李攀龍は、盛唐の詩人である李白(りはく)の七言古詩について、「太白縦横、往往彊弩之末、間雑長語、英雄欺人耳」と述べました。「太白(たいはく)」は李白の字です。
「彊弩之末(きょうどのすえ)」とは、強い弓から放たれた矢も、飛び続けた末には力を失うというたとえです。「間雑長語」は、勢いのある詩の中に、ときおり長すぎる言葉や締まりの弱い部分が交じることを表しています。
李攀龍は、李白の詩には自由で豪快な勢いがあるものの、ときにはその勢いが衰え、言葉が長くなる部分もあると評しました。それでも、李白の並外れた才能と力強い作風が読む人を圧倒し、弱点にさえ気づかせないというのが、もとの「英雄欺人」の意味です。
したがって、ここでいう「欺く」は、悪意をもって人にうそを信じさせることだけを指すものではありません。英雄と呼ばれるほどの人物が、圧倒的な才能によって、人の判断や予想を越えてしまうことを表しています。
李攀龍は、この言葉に続いて、李白の五言絶句と七言絶句を「唐三百年一人」と高く評価しました。「英雄欺人」は李白を一方的に非難した言葉ではなく、その欠点を指摘しながら、並外れた才能をも認める複雑な評言だったのです。
同じ明代の文人である王世貞は、『藝苑卮言(げいえんしげん)』(明代、王世貞著)にこの一節を引き、「此段褒貶有至意」と述べました。ほめる点と批判する点の双方に、深い意味があると受け止めたのです。
『唐詩選(とうしせん)』そのものは李攀龍の編と伝わりましたが、現在では、編者未詳とする見方が定説です。一方、「選唐詩序」のこの一節は、李攀龍の詩論として、王世貞の時代から引用されてきました。
『唐詩選』は江戸時代の日本にも伝わり、服部南郭(はっとりなんかく)が享保9年(1724年)に校訂して出版すると、広く読まれるようになりました。その流行とともに、序文にある「英雄人を欺く」という言い回しも、日本に広まっていきました。
江戸時代後期の洒落本『讃極史(さんごくし)』(寛政年間、千代丘草庵主人作)には、「見たものもあったらうが、そこが英雄人を欺くのさ」という用例があります。このころには詩の批評を離れ、すぐれた人物の思いがけない振る舞いを表す決まり文句として使われていました。
こうして、李白の詩を評した「英雄欺人耳」は、日本語では「英雄人を欺く」として定着しました。現在は、才能のある人物が、普通の人には考えつかない計略や行動によって、周囲の予想を越えることを表します。
「英雄人を欺く」の使い方




「英雄人を欺く」の例文
- 英雄人を欺くというように、その将軍は誰も予想しなかった山道から軍を進めた。
- 敵の退路まで計算した策には、英雄人を欺くという言葉がよく当てはまる。
- 名将の大胆な陽動作戦を見て、人々は英雄人を欺くと感嘆した。
- 英雄人を欺くのたとえどおり、監督は意外な選手を先発に起用して試合の流れを変えた。
- その経営者の再建策は、英雄人を欺くというほど斬新で、競争相手の予想を越えていた。
- 探偵は犯人の動きを先回りする計略を立て、英雄人を欺くと評された。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・李攀龍『滄溟集』明代。
・王世貞『藝苑卮言』明代。
・李攀龍編選、服部南郭考訂『唐詩選』嵩山房、1724年。
・千代丘草庵主人『讃極史』寛政年間。























