【故事成語】
紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る
【読み方】
がんこはがしせず、じゅかんはおおくみをあやまる
【意味】
裕福な家の子弟は飢えることがなく、学問を身につけた者は、かえって世に用いられず、身の上を誤ることが多いということ。才能や学問があっても、必ずしも生活や出世に結びつくとは限らないという嘆きを表す。


「紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る」の故事
この故事成語は、唐の詩人杜甫(とほ)の詩『奉贈韋左丞丈二十二韻』に出てくる「紈袴不餓死,儒冠多誤身」にもとづきます。杜甫は712年から770年に生きた中国盛唐の詩人で、字を子美といい、杜少陵とも呼ばれました。
この詩は、『全唐詩』巻二百十六に収められています。『全唐詩』は、清の康熙帝の命によって彭定求らが編纂した唐詩全集で、1705年に着手され、翌年に完成した大きな詩集です。
題名の「韋左丞」は、韋済を指します。韋済は、天宝七年に河南尹から尚書左丞へ移った人物で、杜甫はこの韋済に向けて、自分の境遇と志を述べる詩を贈りました。
詩の冒頭に、「紈袴不餓死,儒冠多誤身」とあります。日本語では「紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る」と読み下し、白い絹のはかまを着るような貴族の子弟は飢え死にしないのに、儒者や学問ある者は、かえって人生を誤ることが多い、という意味になります。
「紈袴」は、もとは白練りの絹で仕立てたはかまのことです。昔の中国では貴族の子弟が着用したため、そこから転じて、豊かな家に生まれた貴族の子弟そのものを指すようになりました。
「儒冠」は、もとは儒者がかぶる冠のことです。中国語の用例では、儒者のかぶり物を表すだけでなく、儒生、つまり学問を修めた人を指す言葉としても使われ、杜甫のこの句もその用法にあたります。
この詩が作られたころ、杜甫は長安で官職を求めながら、思うように道が開けずにいました。天宝六載、唐の玄宗は才能ある人々を都に集めて試験を受けさせましたが、宰相李林甫のもとで合格者が出ず、杜甫も落第の失意を味わいました。
その後、韋済が尚書左丞として長安に赴任すると、杜甫は自分の才能や志、そして仕官できない苦しさを、この詩に託しました。詩の中では、若いころから万巻の書を読み、筆を取れば神助があるようだったと自負しながらも、その才能が現実の官途に結びつかないつらさを述べています。
「紈袴は餓死せず」という前半には、家柄や富に守られた者は、たとえ深い学問や才能がなくても生活に困りにくいという、社会の不公平へのまなざしがあります。一方、「儒冠は多く身を誤る」という後半には、学問や文章に励んだ者が、世に認められず、かえって貧しさや失意に追いこまれることへの嘆きがあります。
この二句は、単に「学者は貧しい」と言うだけの言葉ではありません。杜甫自身の経験を背景に、家柄や財産に恵まれた者と、学問や才能を頼みに生きる者とのあいだにある差を、鋭く言い表しています。
日本語では、原文の「紈袴不餓死,儒冠多誤身」を訓読した形が、そのまま成句として用いられます。現在では、学問や才能があっても世渡りや生活に恵まれないこと、また、社会が必ずしも実力ある人を正しく遇するとは限らないことを述べる表現として理解されます。
「紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る」の使い方




「紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤る」の例文
- 杜甫の失意を思うと、紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという言葉の重みが分かる。
- 家柄だけで出世する者がいる一方、才ある人が報われない世を、紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという。
- 学問に励んだ人ほど生活に苦しむ時代には、紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという嘆きが生まれた。
- あの小説は、才能ある青年が貧困に沈む姿を描き、紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという主題を思わせる。
- 社会が実力より家柄を重んじるなら、紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという不公平が起こりやすい。
- 紈袴は餓死せず、儒冠は多く身を誤るという言葉には、学問と生活が必ずしも結びつかない現実への悲しみがある。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・川合康三著『新釈漢文大系 詩人編6 杜甫 上』明治書院、2019年。
・彭定求ほか編『全唐詩』1706年。
・杜甫『奉贈韋左丞丈二十二韻』唐。























