【故事成語】
函谷関の鶏鳴
【読み方】
かんこくかんのけいめい
【意味】
危機の中で、とっさの機転や思いがけない才を生かして、難を逃れることのたとえ。


【英語】
・presence of mind.(危機の中で冷静にすばやく判断する力)
【類義語】
・鶏鳴狗盗(けいめいくとう)
・臨機応変(りんきおうへん)
・機に臨み変に応ずる(きにのぞみへんにおうずる)
【対義語】
・杓子定規(しゃくしじょうぎ)
「函谷関の鶏鳴」の故事
「函谷関の鶏鳴」は、中国前漢の司馬遷が著した『史記』(前漢、前91年ごろ完成)の「孟嘗君列伝」に出てくる故事にもとづきます。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までを記した中国最初の正史で、全130巻から成る紀伝体の史書です。
孟嘗君は、中国戦国時代の斉の人物で、多くの食客を抱えたことで知られています。『史記』には、秦の昭王が孟嘗君を秦の相にしようとしたものの、のちに危険視して捕らえ、殺そうとしたことが記されています。
孟嘗君は、昭王の寵姫に助けを求めました。ところが、その寵姫は狐白裘、すなわち白い狐の毛皮で作った貴重な衣を求めました。
孟嘗君は、その狐白裘をすでに昭王へ献上していたため、手元に残っていませんでした。そこで、犬のように忍び込んで物を盗むことのできる食客が、秦の宮中の蔵に入り、献上した狐白裘を取り戻しました。
狐白裘を受け取った寵姫が昭王に取りなしたため、孟嘗君は釈放されました。しかし、昭王が考え直して追っ手を出すおそれがあったため、孟嘗君はすぐに名を変え、急いで秦から逃げ出しました。
孟嘗君が夜半に函谷関へ着くと、関所には、鶏が鳴く時刻にならなければ旅人を通さないという決まりがありました。追っ手が迫れば命にかかわる場面で、孟嘗君は、門が開くのを待つことができませんでした。
そのとき、鶏の鳴きまねが上手な食客が鳴き声を出しました。すると、本物の鶏たちもそれにつられて鳴き出し、関所の者は夜が明けたと思って門を開いたため、孟嘗君たちは無事に通過しました。
『史記』では、このあと間もなく秦の追っ手が函谷関に着いたものの、孟嘗君はすでに通り過ぎていたため、追いつくことができなかったと記されています。ふだんは低く見られていた食客の技が、危急の場面で孟嘗君を救ったのです。
この故事から、「鶏鳴狗盗」という故事成語も生まれました。「鶏鳴」は鶏の鳴きまね、「狗盗」は犬のように忍び込んで盗むことを表します。もとはつまらない技能しかない者という意味を含みながら、どんな小さな才でも時には役に立つという意味にも広がりました。
「函谷関の鶏鳴」は、このうち函谷関での出来事に焦点を当てた言い方です。特に、追い詰められた場面で、意外な機転や小さな才が大きな働きをすることを表します。
この故事は、後代にもよく知られました。元の曾先之が編んだ『十八史略』にも「鶏鳴狗盗」の話が取り入れられ、日本でも漢文教材などを通じて広く読まれてきました。
また、平安時代の『枕草子』にも、孟嘗君の鶏と函谷関を踏まえたやりとりが出てきます。清少納言と藤原行成の応酬の中で、「孟嘗君の鶏は函谷関をひらきて」という形で用いられ、この故事が日本の古典文学の教養としても生きていたことが分かります。
現在の「函谷関の鶏鳴」は、ただ鶏のまねをしたという珍しい話ではありません。人に軽く見られがちな技でも、時と場所を得れば危機を救う力になる、という教えを含む言葉です。
「函谷関の鶏鳴」の使い方




「函谷関の鶏鳴」の例文
- 発車直前に切符をなくしたが、友人の機転で電子予約の画面を示せたのは、函谷関の鶏鳴のような出来事だった。
- 会議資料の印刷が間に合わない中、手描きの図で説明を通した彼の判断は、函谷関の鶏鳴に近い。
- 目立たない特技が危機を救うこともあり、今回の通訳役はまさに函谷関の鶏鳴だった。
- 停電で放送設備が使えなくなったが、声のよく通る生徒が案内役を務め、函谷関の鶏鳴となった。
- 函谷関の鶏鳴というように、ふだんは小さく見える能力でも、いざという時に大きな力を発揮する。
- 試合中に作戦板が壊れたが、控えの選手が身ぶりで合図を伝え、函谷関の鶏鳴の働きをした。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・曾先之『十八史略』。
・清少納言『枕草子』平安時代中期。























