【故事成語】
獲麟
【読み方】
かくりん
【意味】
文章を書き終えること。転じて、物事の終わり、臨終、辞世を表す。


【英語】
・one’s last writing.(最後に書き残した文章・絶筆)
・the end.(物事の終わり)
【類義語】
・絶筆(ぜっぴつ)
・擱筆(かくひつ)
・筆を擱く(ふでをおく)
【対義語】
・起筆(きひつ)
・濫觴(らんしょう)
「獲麟」の故事
「獲麟」は、字の上では「麟を獲る」という意味です。「獲」は動物などを捕まえて手に入れること、「麟」は麒麟のことで、ここでは現在の動物のキリンではなく、聖人が現れ、よい政治が行われる時に姿を現すと信じられた想像上の獣を指します。
この言葉のもとには、中国の歴史書『春秋』の最後の記事があります。『春秋』は、魯(ろ)の国を中心として、隠公元年から哀公十四年までの出来事を短い文で記した書物で、孔子が筆を加えたと伝えられています。
『春秋』の哀公十四年、つまり紀元前481年の記事には、「十有四年春,西狩獲麟」とあります。これは、魯の国の西の方で狩りをし、麟を獲たという意味です。
この短い記事だけでは、それがなぜ大きな意味をもつのかは分かりにくいです。後の注釈書である『春秋公羊伝』では、麟は「仁獣」、つまり仁のある聖なる獣であり、王者がいる時には現れ、王者がいない時には現れない獣だと説明されています。
『春秋公羊伝』では、角のある獣がいると聞いた孔子が嘆き、麟が捕らえられたことを知って「吾道窮矣」、つまり「私の道はここで行き詰まった」と言ったとも記されています。聖なる獣が乱れた世に現れ、しかも狩りで捕らえられたことが、孔子に深い悲しみを与えたのです。
『史記』(前漢、紀元前1世紀、司馬遷著)「孔子世家」には、この出来事が、さらに物語として記されています。魯の哀公十四年春、狩りの場で叔孫氏の車子である鉏商が不思議な獣を捕らえ、孔子がそれを見て「麟也」と言ったとあります。
同じ「孔子世家」では、孔子が麟を見たあと、自分の道が行われないことを嘆く記述が続きます。そして、魯の記録にもとづいて『春秋』を作り、上は隠公から下は哀公十四年までで終えたと記されています。
ここから、「獲麟」は、ただ「麟を捕らえる」という出来事だけでなく、『春秋』の筆がそこで止まったことを表す言葉になりました。文章を書き終えること、特に最後の筆を置くという意味が、ここから生まれます。
日本でも古くから、この言葉は終わりを示す表現として受け入れられました。『和漢朗詠集』(1018年ごろ成立、平安時代中期、藤原公任撰)には「獲麟の後集」という用例があり、すでに文章や集の終わりに関わる語として使われています。
また、『神皇正統記』(1339〜1343年・南北朝時代、北畠親房著)には、開闢から獲麟に至るまでの年数を述べる形で「獲麟」が出てきます。ここでは、魯の哀公十四年の事件、またはその年を指す言葉として用いられています。
江戸時代後期の『江戸繁昌記』(1832〜1836年、寺門静軒著)には、「獲麟の絶筆」という用例があります。このころには、「獲麟」と「絶筆」が結びつき、最後に書くことや筆を置くことを表す言葉として、より分かりやすく定着していました。
このように、「獲麟」は、聖なる獣が捕らえられたという古い出来事から、『春秋』の終わり、孔子の嘆き、最後の筆という意味へと広がりました。現在では、文章や物事の終わり、さらに臨終や辞世を表す、重みのある故事成語として用いられています。
「獲麟」の使い方




「獲麟」の例文
- 長く続いた研究ノートは、病床で書かれた一文をもって獲麟となった。
- 作者は連載の最終回を、みずからの獲麟にふさわしい静かな言葉で結んだ。
- 校史の編さんは、退職前に書き上げた序文を獲麟として閉じられた。
- その詩集の巻末には、詩人の獲麟と伝わる短い句が収められている。
- 三十年続いた地域新聞は、感謝の社説を獲麟として刊行を終えた。
- 祖父が最後に残した手紙は、家族にとって忘れがたい獲麟となった。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』。
・『春秋』。
・『春秋公羊伝』。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1018年ごろ。
・北畠親房『神皇正統記』1339〜1343年。























