【故事成語】
一饋に十度立つ
【読み方】
いっきにとたびたつ
【意味】
一度の食事の間に十回も席を立つほど、賢者や助言者を熱心に迎えること。転じて、よい政治のために力を尽くすこと。


【類義語】
・吐哺握髪(とほあくはつ)
・握髪吐哺(あくはつとほ)
「一饋に十度立つ」の故事
「一饋に十度立つ」のもとには、中国古代の王・禹(う)に関する故事があります。禹は夏(か)王朝の始祖とされ、治水に成功し、舜(しゅん)から帝位を譲られた人物として伝わります。
この故事は、『淮南子(えなんじ)』(前漢、紀元前2世紀ごろ、劉安編)に出てくる話に基づきます。『淮南子』は、前漢の淮南王・劉安が編著した哲学書で、現存するものは二十一巻とされます。
『淮南子』の氾論訓(はんろんくん)では、禹が政治を行うとき、四方から来る士の声を聞くため、鐘や鼓などを合図に用いたとあります。道を教える者、義を説く者、政治上の用事を告げる者、心配事を語る者、訴え事をもつ者が、それぞれ合図をして禹に知らせるしくみです。
そのあとに、「一饋而十起、一沐而三捉髪」という言葉が続きます。これは、一度の食事の間に十回も立ち上がり、一度髪を洗う間にも三回髪をつかんだまま人に会った、という意味です。食事や洗髪のような落ち着いた時間でさえ中断して、民のために働き、人の声を聞いた禹の姿を表しています。
ここで大切なのは、ただ忙しく席を立ったということではありません。禹は、自分の食事や身支度よりも、政治に役立つ助言や人々の訴えを聞くことを重んじました。そのため、この故事は、賢者を迎える熱心さや、よい政治を行おうとするまじめな姿勢を表すものになりました。
日本語では、漢文の「一饋而十起」を読み下す形で「一饋に十度立つ」といい、「一饋に十起」「一饋十起」という形も用いられます。また、「十度」のほかに「七度」とする言い方も伝わります。
この故事成語は、ふつうの会話で軽く使う言葉ではなく、指導者や責任ある立場の人が、よい意見を求めて熱心に動く姿をたたえるときに向いています。今の意味は、禹の故事から離れず、「人の声に耳を傾け、よい政治やよい組織づくりのために力を尽くす」という考えにつながっています。
「一饋に十度立つ」の使い方




「一饋に十度立つ」の例文
- 市長は住民の声を聞くために各地区へ足を運び、一饋に十度立つ姿勢で町づくりを進めた。
- 新しい校長は児童の相談にもすぐ耳を傾け、一饋に十度立つように学校改革に取り組んだ。
- 社長は若い社員の提案をその場で聞き、一饋に十度立つ思いで人材を迎えた。
- 地域の代表は避難所の困りごとを一つずつ聞き、一饋に十度立つ心で対応した。
- 賢い助言を求めて専門家の意見を集める姿は、一饋に十度立つと呼ぶにふさわしい。
- 口先だけの熱心さではなく、一饋に十度立つほどの行動が信頼を生む。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・劉安編『淮南子』前漢。























