【慣用句】
生きた空もない
【読み方】
いきたそらもない
【意味】
強い不安や恐ろしさのために、少しも落ち着いていられないこと。気が気でなく、心が休まらないこと。


【英語】
・be beside oneself with anxiety(不安でたまらない)
・have no peace of mind(少しも心が休まらない)
・be in mortal fear(ひどくこわくて落ち着かない)
【類義語】
・生きた心地もしない(いきたここちもしない)
・気が気でない(きがきでない)
・肝を潰す(きもをつぶす)
【対義語】
・泰然自若(たいぜんじじゃく)
・平気の平左(へいきのへいざ)
・落ち着き払う(おちつきはらう)
「生きた空もない」の語源・由来
この慣用句は、文字どおりに空のことを言っているのではありません。ここでいう「空」は、心の置きどころや気持ちのありさまに近い意味で使われています。
日本語では、古くから「空」という字を、ただ空間や空の色だけでなく、心が落ち着かない状態にも使ってきました。今でも「上の空」という言い方に、その名残がはっきり残っています。
「生きた空もない」の「生きた」は、ふだんどおり生きている人の気持ち、つまり平静な心持ちを指しています。そこに「もない」が続くことで、その落ち着きがまったく失われていることを強く言い表します。
つまり、この言い方は、あまりの不安や恐ろしさで、普通に生きているときの心のゆとりがなくなってしまう、というところから生まれた表現です。大げさな飾りではなく、胸がつまるほど案じる感じをそのまま言葉にしたものと言えます。
この慣用句とよく似た言い方に「生きた心地もしない」があります。どちらも、ひどく心配したり恐ろしい目にあったりして、平常の心の持ち方ではいられないことを表します。
ただ、「生きた空もない」は、とくに気が休まらず、そわそわして落ち着かない感じが前に出やすい言い方です。何かの知らせを待っているあいだや、無事が分かるまでの時間にも、自然によく合います。
このため、使う場面はかなりはっきりしています。試験の合否を待つとき、家族の帰りが極端に遅いとき、大きな失敗をして結果が出るまでの時間など、心配のために平静でいられないときです。
反対に、ただ忙しいだけの場面や、少し緊張しているだけの場面にはあまり向きません。「生きた空もない」は、胸の中が不安でいっぱいで、ほかのことを落ち着いて考えられないほどの強さをもつ言葉だからです。
昔の日本語では、心のあり方を、目に見えるものになぞらえて表す言い方が多く育ちました。この慣用句もその一つで、見えない不安を「空」という言葉で受け止めたところに、日本語らしい細やかさがあります。
時代が下っても、この言い方は意味を大きく変えずに使われてきました。今でもニュース、会話、小説などで、ただの心配では足りないほどの不安を表すときに、よく通じます。
この慣用句の大事なところは、「こわい」「心配だ」と言うだけでは足りない、重い気持ちを表せる点です。何かがはっきりするまで、心が休まず、生きた心地さえ薄くなるほど案じる、その切実さが「生きた空もない」に込められています。
「生きた空もない」の使い方




「生きた空もない」の例文
- 妹を乗せた遠足のバスが大雪で遅れていると聞き、家に連絡が入るまで生きた空もない思いだった。
- 祖父が家の階段で足を滑らせたと電話で知らされ、病院から無事の知らせが来るまで生きた空もない気持ちだった。
- 文化祭の舞台装置が本番直前に倒れたと聞き、けが人がいないと分かるまで生きた空もない時間が続いた。
- 大事な取引先に誤った見積書を送ってしまい、先方から返事が来るまで生きた空もない気持ちで過ごした。
- 地震のあと、通学中の子どもと連絡が取れず、学校から一斉メールが届くまで生きた空もない時間だった。
- 友人が山道で道に迷ったと知らされ、保護されたという連絡を受けるまで生きた空もない思いだった。























