【ことわざ】
磯の鮑の片思い
【読み方】
いそのあわびのかたおもい
【意味】
自分だけが相手を恋しく思い、相手はその気がない恋のたとえ。片思い。


【英語】
・unrequited love(報われない恋、相手に返されない恋)
【類義語】
・鮑の片思い(あわびのかたおもい)
・落花情あれども流水意無し(らっかじょうあれどもりゅうすいいなし)
・芹摘む(せりつむ)
【対義語】
・相思相愛(そうしそうあい)
・両思い(りょうおもい)
「磯の鮑の片思い」の語源・由来
「磯の鮑の片思い」は、鮑(あわび)の貝殻が二枚貝の片側だけのように見えることから、「片」の思い、つまり一方だけの恋心を表したことわざです。鮑は巻き貝の仲間ですが、殻が大きく平たいため、昔の人には「対になる殻を持たない貝」のように受け取られました。
このことわざの土台には、海辺の暮らしと和歌の伝統があります。「磯」は岩の多い海辺を思わせる言葉で、鮑が岩に付いて生きる姿と結びつきやすい表現です。
古い歌の形としては、『万葉集』(奈良時代に成立した現存最古の和歌集)の巻十一・二七九八に、「伊勢の海人の朝な夕なに潜くとふ鮑の貝の片思にして」という歌があります。これは、伊勢の漁師が朝夕に潜って採る鮑の貝に寄せて、片思いの恋を表した歌です。
この歌では、「伊勢の海人(いせのあま)」が海に潜って鮑を採るという具体的な場面が先に置かれています。そのあとに「鮑の貝の片思」と続き、鮑の片側だけのような殻の姿が、相手に届かない恋心を導く働きをしています。
『万葉集』の歌では、まだ現在のことわざそのものの形ではなく、「鮑の貝の片思」という和歌の表現として出てきます。つまり、最初から教訓を述べる形ではなく、恋のつらさを海の貝に託す詩的な表現として用いられていました。
鮑が恋のたとえになった理由は、形の印象にあります。二枚貝なら二つの殻が合わさりますが、鮑は一見すると片方だけの殻のように見えるため、相手と心が合わない恋、返事のない恋を思わせるものとなりました。
江戸時代には、「鮑の片思い」という短い形も広く使われました。近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)作の浄瑠璃(じょうるり)『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』(1715年・江戸時代中期、大坂竹本座初演)には、「我はあはびの片思ひ」という用例が出てきます。
『国性爺合戦』は、中国明代末の鄭成功(ていせいこう)に関わる物語をもとにした時代物の浄瑠璃で、江戸時代に大きな人気を得ました。その中で「あはびの片思ひ」という言い方が使われていることから、鮑を片思いにたとえる表現が、近世の芸能や町人文化の中にも自然に入っていたことが分かります。
その後、「磯の鮑の片思い」という形も定着しました。明治時代の落語『女郎買の教授』(1899年、四代目柳亭左楽)には、「真実に磯の鮑の片思ひだよ」という用例があり、こちらだけが思っているのに相手は思ってくれないという意味で使われています。
このように、もとの形は『万葉集』に見える「鮑の貝の片思」という和歌的な表現で、江戸時代には「あはびの片思ひ」として芸能にも現れ、さらに「磯の鮑の片思い」としてことわざの形にまとまりました。海辺の貝の姿から、人の心が一方だけに傾く切なさを表す言葉へと育った表現です。
現在の「磯の鮑の片思い」は、恋愛の場面で、相手に自分と同じ気持ちがないことをやわらかく、少し古風に言うときに使われます。ただし、相手を責める言葉ではなく、自分の思いが一方通行であることを、鮑の姿になぞらえて表すことわざです。
「磯の鮑の片思い」の使い方




「磯の鮑の片思い」の例文
- 隣の席の人を毎日気にしているが、相手は友人として接しているだけで、磯の鮑の片思いのようだ。
- 彼女への手紙を何度も書いたが、返事はなく、磯の鮑の片思いに終わった。
- あの人に特別な思いを寄せていたのは自分だけで、磯の鮑の片思いだったと気づいた。
- 友人は先輩に憧れているが、先輩には恋人がいて、磯の鮑の片思いになっている。
- 相手の何気ない親切を恋のしるしと思い込み、磯の鮑の片思いだと後で分かった。
- 磯の鮑の片思いでも、相手を困らせないように自分の気持ちを大切に整理することが必要だ。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・日本大百科全書編集部編『日本大百科全書』小学館、1984〜1994年。
・『万葉集』奈良時代。
・近松門左衛門『国性爺合戦』1715年。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』Oxford University Press。























