【故事成語】
溢美の言
【読み方】
いつびのげん
【意味】
ほめすぎの言葉。実際以上に相手や物事をよく言いすぎること。


【英語】
・overpraise(ほめすぎること、過度の称賛)
【類義語】
・過賞(かしょう)
・過褒(かほう)
・過誉(かよ)
【対義語】
・過貶(かへん)
「溢美の言」の故事
「溢美の言」は、中国の古典『荘子』の「人間世」に出てくる「溢美之言」に由来します。『荘子』は、戦国時代の思想家で、名を周と伝えられる荘子に関わる道家の書物で、現行本は、内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇の三十三篇として伝わっています。
「人間世」は、人が世の中でどのように身を処するかをめぐる話を含む篇です。その中で、仲尼、つまり孔子が、国と国、人と人とのあいだを取り持つ言葉の危うさについて語る場面があります。
原文には、「夫兩喜必多溢美之言,兩怒必多溢惡之言」とあります。これは、双方が互いに好意をもっているときには、ほめすぎの言葉が多くなり、双方が怒っているときには、悪く言いすぎる言葉が多くなる、という意味です。
続いて、「凡溢之類妄,妄則其信之也莫」とあり、「溢れる」ほど度を越した言葉は真実から離れ、そうなると信じてもらえなくなる、という考えが示されています。つまり、「溢美の言」は、単に人をほめる言葉ではなく、気持ちがあふれすぎて、正しい評価をこえてしまった言葉を表します。
ここで大切なのは、ほめること自体を悪いとしているのではないという点です。『荘子』の文脈では、間に立って言葉を伝える人が、相手の好意や怒りに引きずられ、事実より大きく言いすぎる危険を戒めています。ほめすぎも、けなしすぎも、どちらも言葉をゆがめるものとして並べられています。
「溢美」という言葉だけでも、「溢」はあふれること、「美」はほめることを表し、ほめすぎること、すなわち過賞の意味で用いられます。日本語の古い用例としては、江戸時代の漢詩史書『日本詩史』(1771年・江戸時代中期、江村北海著)に、「匡衡之言溢美耳」という形があり、人物評などで称賛が行き過ぎることを表す言葉として受け入れられていきました。
のちの日本語では、「溢美の言」という形で、「ほめすぎの言葉」を指す表現として使われます。たとえば、近代以後の文章にも、名声や評価が「溢美に過ぎる」といった使い方があり、事実に比べて称賛が大きすぎるという意味が保たれています。
この故事成語は、相手をほめるときにも、言葉が事実から離れすぎないようにすることの大切さを教えます。心からの称賛であっても、度を越すと相手にも周囲にも信じられにくくなるため、「溢美の言」は、ほめ言葉の行き過ぎを静かに戒める表現として使われています。
「溢美の言」の使い方




「溢美の言」の例文
- 新人選手の活躍は見事だったが、将来の名人だと決めつけるのは溢美の言に近い。
- 受賞作をほめる記事の中には、作品の弱点に触れない溢美の言もあった。
- 先生は生徒の努力を認めつつ、溢美の言にならないよう具体的な長所を伝えた。
- 新商品の評判は高いが、欠点が一つもないという宣伝文句は溢美の言だ。
- 社長の功績をたたえる式辞は、ところどころ溢美の言に流れていた。
- 友人を励ますつもりでも、あまりに大げさな称賛は溢美の言として受け取られることがある。
主な参考文献
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北京・商務印書館・小学館共同編集『中日辞典 第3版』小学館、2016年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster、2026年参照。
・『荘子』。























