【ことわざ】
一文惜しみの百知らず
【読み方】
いちもんおしみのひゃくしらず
【意味】
目先のわずかな金銭を惜しんで、全体として大きな損失を受けることに気づかないこと。小さな節約にとらわれて、大きな損を招くことのたとえ。


【英語】
・Penny wise, pound foolish(小さな金額には細かいのに、大きな損には注意が足りない)
【類義語】
・安物買いの銭失い(やすものかいのぜにうしない)
・小利大損(しょうりだいそん)
【対義語】
・損して得取れ(そんしてとくとれ)
「一文惜しみの百知らず」の語源・由来
「一文惜しみの百知らず」の「一文」は、もともと銅貨の穴あき銭一枚、またはごくわずかな金額を指す言葉です。ここでは「一文」が小さな金銭を、「百」が大きな損失を表し、小さな出費を惜しんだために、かえって大きな損を見落とすという意味になります。
古い用例としては、井原西鶴作『武家義理物語(ぶけぎりものがたり)』(1688年刊、江戸時代前期)巻一に、「一文をしみの百しらず」という形が出てきます。『武家義理物語』は、浮世草子(うきよぞうし)の作品で、武士の義理や心のあり方を題材にした短編を集めたものです。
この言葉の背景には、青砥藤綱(あおとふじつな)にまつわる銭拾いの逸話があります。『太平記』「青砥左衛門覧政の事」には、藤綱が夜に滑川で銭十文を落とし、それを探すために五十文の松明を使ったという話が伝わります。周囲の人は、十文を得るために五十文を使うのは「小利大損」だと笑いますが、藤綱は、川底に沈んだ銭は失われるが、松明を買うために払った銭は人の手に渡って世に残る、という大きな考え方を示します。
『武家義理物語』では、この逸話をもとにした「我が物ゆゑに裸川」の話の中で、青砥が川に落ちた銭を探させる場面が描かれます。青砥は、川に沈んだ銭はむだに朽ちるが、人の手から手へ渡る金は世の中に残ると考えています。それを理解できない下々の人々が、青砥の深い考えを笑って「一文惜しみの百しらず」とののしる形で、この表現が出てきます。
つまり、作品の中では、青砥を笑った人々のほうが浅い考えとして描かれています。青砥は一文をただ惜しんだのではなく、銭が社会の中で生きて回ることを考えていました。そのため、もとの場面には、目先の金額だけで人の行動を判断することへの皮肉も含まれています。
その後、この言い方は、作品中の細かな文脈を離れて、「目先の小金を惜しんで、後で大きな損をすることに気づかない」ということわざとして使われるようになりました。「一文惜しみの百失い」という異形もあり、現在では、安さや節約だけに気を取られて、全体の損得を見失うことへの戒めとして用いられます。
このことわざは、節約そのものを悪いと言う言葉ではありません。必要な出費まで惜しみ、修理を先のばしにしたり、品質の悪いものを選んだりして、結果的にもっと大きな損をすることを戒める言葉です。小さな金額だけで判断せず、長い目で見て本当に得かどうかを考える大切さを教えています。
「一文惜しみの百知らず」の使い方




「一文惜しみの百知らず」の例文
- 古い雨どいの修理代を惜しんだために壁まで傷み、一文惜しみの百知らずになった。
- 安い靴を何度も買い替えることになり、一文惜しみの百知らずだと母に言われた。
- 健康診断の費用を惜しんで病気の発見が遅れれば、一文惜しみの百知らずになりかねない。
- 会社は点検費を削った結果、機械の故障で生産が止まり、一文惜しみの百知らずを思い知らされた。
- 旅行の保険料を惜しんだせいで、荷物の紛失に対応できず、一文惜しみの百知らずとなった。
- 文化祭の看板を安い材料だけで作ったらすぐに壊れ、一文惜しみの百知らずの失敗になった。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・井原西鶴『武家義理物語』1688年。
・『太平記』14世紀後半ごろ成立。
・太宰治『新釈諸国噺』1945年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』。























