【ことわざ】
蛙の願立て
【読み方】
かえるのがんだて
【意味】
ずさんな考えや計画で物事を進めたために、かえって失敗することのたとえ。


【英語】
・ill-conceived plan.(よく考えられていない計画)
【類義語】
・蛙の立願(かえるのりゅうがん)
【対義語】
・用意周到(よういしゅうとう)
「蛙の願立て」の語源・由来
「願立て」は、神仏に願いをかけることを表す言葉です。「蛙の願立て」は、その「願立て」をした蛙の寓話をもとにした言い方です。蛙が人間のように立って歩けるようになりたいと願い、その願いはかないますが、目はもとのまま後ろ向きであったため、前を見ることができず、身動きができなくなって死んでしまう、という筋立てです。
この寓話で大切なのは、願いがかなったこと自体が失敗ではないという点です。蛙は「立って歩けるようになる」という一部分だけを望みましたが、歩くためには、前を見る目の向きも必要でした。つまり、目的の一部だけを見て、全体のつり合いや結果を考えなかったことが、現在の「ずさんな考えや計画で失敗する」という意味につながっています。
古い用例としては、『北条氏直時代諺留』(ほうじょううじなおじぶんことわざとめ)に「かゑるのぐゎんだて」という形が出てきます。この書名は、ことわざを書き留めた写本として伝わる資料名で、書誌上は十三丁の写本として扱われています。ここでは、現代の表記「蛙の願立て」ではなく、歴史的仮名遣いを含む形で表れており、少なくとも近世の早い段階で、この表現がことわざとして知られていたことが分かります。
「願立」の語そのものは、神仏に願い事をすることを意味し、室町時代の『運歩色葉集』(うんぽいろはしゅう)にも見える古い言葉です。そのため、「蛙の願立て」という表現では、ただの「願い」ではなく、神仏に願をかけるほどの強い望みが背景にあります。ところが、その強い望みが十分な考えを伴わないと、よい結果ではなく失敗につながる、という皮肉がこのことわざの味わいです。
のちには、「蛙の立願」という同じ意味の形も並んで使われます。「願立て」と「立願」はどちらも神仏に願をかける意味をもつため、表現の形は少し違っても、蛙の寓話を背負った同じたとえとして理解されます。短い一句の中に、願いをかなえる前に全体を考えなければならない、という教えが込められているのです。
「蛙の願立て」の使い方




「蛙の願立て」の例文
- 売れそうな商品名だけを先に決め、作り方を考えなかった企画は蛙の願立てに終わった。
- 旅行の日程を詰め込みすぎ、移動時間を見落とした計画は蛙の願立てだった。
- 店を広くすれば客が増えると考え、働く人の数を考えなかったのは蛙の願立てだ。
- 便利なアプリを作るつもりで機能だけ増やし、使いやすさを忘れたため蛙の願立てになった。
- 試合で勝つことだけを考え、体調管理をおろそかにした練習計画は蛙の願立てと言える。
- 新しい制服を急いで決めたが、動きやすさを調べなかったため、蛙の願立てのような結果になった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・『北条氏直時代諺留』。
・『運歩色葉集』1548年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』.























