【故事成語】
冠敝ると雖も必ず首に加う
【読み方】
かんむりやぶるといえどもかならずくびにくわう
【意味】
上下・貴賤の別や、物事の正しい位置・役割を乱してはならないというたとえ。冠は傷んでも頭に載せるものであり、履物が新しくても足に履くものである、という考えをもとにする。


【英語】
・know one’s place.(自分の立場や役割をわきまえる)
【類義語】
・冠古けれども沓に履かず(かんむりふるけれどもくつにはかず)
・沓新しといえども冠となさず(くつあたらしといえどもかんむりとなさず)
【対義語】
・冠履顛倒(かんりてんとう)
「冠敝ると雖も必ず首に加う」の故事
この故事成語のもとには、冠は頭に載せ、履物は足に履くという、たいへん具体的な見立てがあります。「敝る」は、破れる、ぼろぼろになるという意味をもつ字です。たとえ冠が傷んでいても、冠である以上は頭に載せ、たとえ履物が新しくても、頭に載せるのではなく足に履く、という考えにつながります。
この考えは、中国の古い書物に見える、冠と履物の対比にもとづきます。『韓非子(かんぴし)』は、中国戦国時代末の思想家である韓非に帰される書物で、二十巻五十五編から成る法家思想の代表的な書物です。
『韓非子』「外儲説左下」には、趙簡子が車の敷物があまりに美しいのを見て、冠はたとえ賤しくても頭に戴き、履物はたとえ貴くても足に履く、と語る場面があります。ここでは、物には置かれるべき場所があり、下に置くものをむやみに美しくして上の秩序を損なってはならない、という考えが示されています。
同じ篇には、費仲が殷の王である紂に、西伯昌の人望を警戒するよう説く場面もあります。費仲は、破れた冠でも頭に戴き、五色に美しい履物でも地を踏む、と述べ、君臣の位置を入れ替えないという当時の上下観を、冠と履物の対比で表しています。
この故事成語の日本語の形にとくに近いものは、『史記(しき)』「儒林列伝」に出てきます。『史記』は、前漢の司馬遷が撰した中国最初の正史で、前91年ごろに完成したと考えられる紀伝体の大きな歴史書です。
その場面では、黄生が景帝の前で轅固生と議論します。黄生は、湯王・武王が悪王を倒して王となったことをめぐり、「冠雖敝,必加於首;履雖新,必關於足。何者,上下之分也」と述べ、冠は傷んでいても首、すなわち頭に載せ、履物は新しくても足に関わるものだとし、それを上下の分に結びつけています。
また、唐の馬総が集めた『意林』に引かれる『太公六韜』にも、「冠雖敝加于首履雖新履于地」という近い形が出てきます。このことから、冠と履物を対比して上下や職分の区別を説く言い方は、一つの場面だけに閉じず、古い思想書や史書、類書の中で受け継がれてきたことがうかがえます。
「冠敝ると雖も必ず首に加う」は、こうした漢文の表現を日本語で読める形にした言い方です。現在の用法では、昔の身分秩序そのものをそのままよいものとして受け取るよりも、物事には本来の位置や役割があり、それを取り違えると秩序が乱れる、という戒めとして理解すると分かりやすいです。
「冠敝ると雖も必ず首に加う」の使い方




「冠敝ると雖も必ず首に加う」の例文
- 冠敝ると雖も必ず首に加うという通り、古い道具でも役割に合う場所で使うべきだ。
- 委員会の担当を決めるときは、冠敝ると雖も必ず首に加うを忘れず、役目と力を合わせる必要がある。
- 経験の浅い人を名目だけで責任者に置く人事は、冠敝ると雖も必ず首に加うの戒めに反する。
- 棚の飾りを優先して大切な資料を床に置くのは、冠敝ると雖も必ず首に加うを知らない扱いだ。
- 家の手伝いでも、冠敝ると雖も必ず首に加うを考え、包丁は料理に慣れた人が扱う。
- 式の進行では、冠敝ると雖も必ず首に加うの考えに沿って、司会、受付、案内の役割をはっきり分けた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』。
・『韓非子』。
・馬総輯『意林』。























