【ことわざ】
下り坂に腰を押す
【読み方】
くだりざかにこしをおす
【意味】
衰えかけている人や物事に、さらに衰えを早めるような働きかけをすること。


【英語】
・kick someone when they are down.(弱っている人にさらに打撃を与える)
【類義語】
・追い打ちをかける(おいうちをかける)
「下り坂に腰を押す」の語源・由来
「下り坂に腰を押す」は、坂を下っている人の腰を後ろから押せば、勢いがついていっそう速く下ってしまうという様子をたとえにしたことわざです。すでに衰え始めた人や物事に、さらに悪い力を加えて、落ちていく勢いを速めることを表します。
「下り坂」は、もともと上から下へ向かう坂道を指す言葉です。やがて、物事が最盛期を過ぎて衰えていくことや、運勢が悪い方向へ向かうことも表すようになりました。この具体的な坂道と、衰えていく状態との二つの意味が、このことわざの土台になっています。
坂道を表す古い用例は、『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』(1213〜1221年ごろ成立・鎌倉時代初期、編者未詳)に出てきます。巻三の「くだりざかを走るがごとく」という言い方は、下り坂では自然に勢いがつく様子を表しており、後ろから押せば、その勢いがさらに増すという、このことわざの具体的な情景にもつながります。
鎌倉時代後期には、「下り坂」が人の身の衰えを表す比喩として使われていました。藤原長清撰『夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)』(1310年ごろ成立)の巻三十三には、藤原為家の歌として「くだりさかなる身にこそ有りけれ」とあります。谷へ落ちていく柴車に自分の身を重ね、盛りを過ぎて衰える境遇を「下り坂」と表したものです。
このように、「下り坂」は鎌倉時代には実際の坂道を指す一方で、人の身や物事が衰えていく状態を表す言葉にもなっていました。「下り坂に腰を押す」は、その比喩をさらに一歩進め、衰えている者へ外から力を加えて、いっそう悪い方向へ進ませる様子を表しています。
一方、「腰を押す」という言い方には、後ろから助ける、そそのかす、腰に手を当てて実際に押すという三つの意味があります。『傾城壬生大念仏』(1702年・江戸時代前期、近松門左衛門作)では、ある人を後ろから援助する意味で使われています。また、俳諧(はいかい)の『広原海』(1703年)には、人をそそのかして行動させる意味の用例があります。
ただし、このことわざの「腰を押す」は、困っている人を助ける「後押し」ではありません。下り坂にいる者の腰を実際に押すという情景を通して、衰えを食い止めるどころか、かえって悪化させる行為を表します。「押す」という本来は助力にもなり得る動作が、置かれた状況によって害になるところに、このことわざの鋭い戒めがあります。
また、「泣きっ面に蜂」のように、災難が重なることを表すことわざとは、意味の重点が少し異なります。「下り坂に腰を押す」は、悪い出来事が偶然重なるだけでなく、すでに弱っている人や物事に、誰かの行為が加わって衰えを速める場合に用います。
現在では、経営の苦しい会社から急に資金を引き揚げることや、自信を失っている人をさらに厳しく責めることなどについて使います。困っている者に追い打ちをかけるのではなく、立ち直るための支えが必要だという教えを、坂道の分かりやすい情景によって伝えることわざです。
「下り坂に腰を押す」の使い方




「下り坂に腰を押す」の例文
- 部員が減っている科学部の活動費まで削るのは、下り坂に腰を押すようなものだ。
- 売り上げが落ちた店に高い違約金を請求すれば、下り坂に腰を押すことになる。
- 失敗して自信をなくした友人を皆の前で責めるのは、下り坂に腰を押す行いだ。
- 資金繰りに苦しむ会社から取引先が一斉に手を引き、下り坂に腰を押す結果となった。
- けがで調子を落とした選手を根拠なく非難する記事は、下り坂に腰を押すに等しい。
- 地域の人口が減っている時期に公共交通までなくすのは、下り坂に腰を押すおそれがある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館大辞泉編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『宇治拾遺物語』1213〜1221年ごろ成立。
・藤原長清撰『夫木和歌抄』1310年ごろ。
・近松門左衛門『傾城壬生大念仏』1702年。
・『広原海』1703年。























