【故事成語】
君子は人の美を成して、人の悪を成さず
【読み方】
くんしはひとのびをなして、ひとのあくをなさず
【意味】
人格の立派な人は、他人の長所や善い行いが実を結ぶよう助け、欠点や悪い行いが広がるような手助けはしないという教え。


【英語】
・The gentleman helps others to realize what is good in them; he does not help them to realize what is bad in them.(立派な人は、他人の善いところが実現するよう助け、悪いところが実現するような助けはしない)
【類義語】
・君子は人の美を成す(くんしはひとのびをなす)
【対義語】
・小人は是に反す(しょうじんはこれにはんす)
「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」の故事
「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」は、中国の古典『論語(ろんご)』の「顔淵(がんえん)」にある孔子の言葉です。『論語』は、孔子とその弟子たちの言行を、孔子の死後に門人たちがまとめた書物です。
原文には、「子曰、君子成人之美、不成人之惡。小人反是」とあります。書き下すと、「子曰く、君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人は是に反す」となります。
ここでいう「美」は、顔立ちなどの美しさではありません。他人の美点や長所、善い行い、また、成し遂げようとしている立派な事柄を指します。「成す」は、ただほめるだけでなく、励まし、助言し、力を貸して、その善いことが実現するように導くことです。
一方の「悪」は、他人の欠点や悪い行いを指します。「人の悪を成さず」とは、悪事に力を貸さず、欠点を言い立てて相手を悪い方向へ追い込むことなく、悪い状態が完成してしまうのを防ぐという意味です。
原文の最後には、「小人は是に反す」と続きます。心の狭い人は、他人の長所や成功をねたんで邪魔をする一方、失敗や悪評を喜び、それをさらに大きくしてしまうという対比です。この一文によって、君子と小人の違いは、人に対する心の向け方にあることが明らかになります。
北宋の邢昺がまとめた『論語注疏(ろんごちゅうそ)』には、君子は人の善を喜び、十分にできないことには思いやりを示すため、人の美を成し、人の悪を成さないとあります。反対に、小人は優れた人をねたみ、他人の不幸を喜ぶため、人の悪を成して美を成さないと解いています。
南宋の朱熹は『論語集注(ろんごしっちゅう)』で、「成す」とは、相手を導き、助け、励まして、その事柄を完成させることだと解きました。この解釈では、君子は善いところを見つけるだけでなく、それが実を結ぶまで支える人物として表されています。
江戸時代前期の伊藤仁斎は『論語古義(ろんごこぎ)』で、他人に美名があればほめたたえ、その善い行いが完成するよう願うのが君子の心だと述べました。また、悪い評判のある人に対しては、事情を分けて考え、許す心をもち、その人が悪人のままで終わらないようにすると解いています。
この解釈からも、「人の悪を成さず」は、悪事を見逃したり、何でも無条件にほめたりすることではないと分かります。悪い行いを助長せず、失敗した人を必要以上に責め立てることなく、善い方向へ立ち直れるようにする教えです。
日本では、室町時代中期の辞書『文明本節用集(ぶんめいぼんせつようしゅう)』に、短い形の「君子は人の美を成す」が収められています。この書物は、本文に「文明六年」、すなわち1474年という記載をもつ、古い節用集の一つです。中国古典の言葉が、室町時代には日本語の教えとして知られていたことが分かります。
明治40年には、二葉亭四迷が小説『平凡』の中で、「局量の狭い者に限って、人の美を成すを喜ばぬ」と書きました。人をほめれば自分の価値が下がるとでも思うのか、他人のしたことには必ず非難を加えたがる人物を批判する場面です。ここでは、古典の言葉が、他人の長所や成果を素直に認められない狭い心を戒める表現として用いられています。
原典に沿った書き下しでは、「君子は人の美を成し、人の悪を成さず」という形が一般的です。現在では、前後のつながりを分かりやすくした「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」という言い方も用いられています。どちらも、他人の善いところを支え、悪いところを助長しないという同じ教えを表します。
この言葉が説くのは、ただ人をほめることではありません。相手の長所や善意が実を結ぶよう力を貸し、失敗や欠点を面白がって広めることなく、より善い方向へ進めるよう支えることです。人の成長を喜び、善い可能性を育てる心こそ、君子にふさわしい態度だと教えています。
「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」の使い方




「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」の例文
- 先生は君子は人の美を成して、人の悪を成さずという教えに従い、失敗を責め立てず、その子の得意な説明力を伸ばした。
- 母は君子は人の美を成して、人の悪を成さずを大切にし、兄の欠点を言いふらさず、料理の腕を磨けるよう応援した。
- 友人は君子は人の美を成して、人の悪を成さずの姿勢で、失敗のうわさには加わらず、私の善い提案を実現するために力を貸した。
- 実行委員長は君子は人の美を成して、人の悪を成さずを胸に、係員の失敗を責めるより、次に丁寧な案内ができるよう支えた。
- 上司は君子は人の美を成して、人の悪を成さずを指針とし、部下の悪い習慣を黙認せず、長所を生かせる仕事を任せた。
- 社会では君子は人の美を成して、人の悪を成さずの教えに学び、人の失敗を面白がるのではなく、善い取り組みを育てることが求められる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』「顔淵」。
・何晏注・邢昺疏『論語注疏』。
・朱熹『論語集注』。
・伊藤仁斎『論語古義』。
・『文明本節用集』。
・二葉亭四迷『平凡』1907年。























