【故事成語】
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず
【読み方】
くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず
【意味】
徳のある立派な人は、周囲と調和して付き合うが、むやみに人へ同調しない。人格の未熟な人は、安易に人へ同調するが、心から調和して付き合うことができない。


【類義語】
・君子は周して比せず(くんしはしゅうしてひせず)
【対義語】
・付和雷同(ふわらいどう)
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」の故事
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」は、古代中国の思想書『論語(ろんご)』の「子路(しろ)篇」に記された孔子の言葉です。『論語』は、春秋時代末の思想家である孔子の言行や弟子たちとの問答を、孔子の死後、門人や後学が記録し、編集した書物です。
原文には、「子曰、君子和而不同、小人同而不和」とあります。日本では、「子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」と読み下します。二つの人物像を対照的に並べることで、「和」と「同」との違いを鮮やかに示した章句です。
ここでいう「和」は、互いの違いを受け入れながら、争わずに調和して付き合うことです。意見が異なっていても相手を尊重し、よりよい関係や結論を目指して協力する態度を表します。
一方の「同」は、単に意見が一致することではありません。この章では、自分の判断や信念をもたず、相手に気に入られようとして安易に同調したり、仲間内で同じ態度を取ったりすることを表します。
三国時代の魏で何晏がまとめた『論語集解(ろんごしっかい)』は、君子について、心は調和していても、物事に対する見方はそれぞれ異なるため、むやみに同じにはならないと解いています。意見の違いがあること自体は、調和を妨げるものではないという意味です。
同じ注釈では、小人は好むものが同じであっても、それぞれが自分の利益を争うため、真に調和することはできないと説きます。表面上は行動を共にしていても、私欲だけで結び付いていれば、利害がぶつかったときに争いが生まれるということです。
南宋の朱熹がまとめた『四書章句集注(ししょしょうくしっちゅう)』では、「和」を、相手と心をそむけ合わないこと、「同」を、相手にへつらって仲間になることとして区別しています。また、君子は正しい道を重んじるため、必要であれば人と異なる意見をもち、小人は利益を重んじるため、表面上は同調しても真に調和できないと説いています。
この解釈によって、「和する」とは、ただ波風を立てずに相手へ合わせることではなく、正しさを守りながら相手と共に歩むことだと明確になりました。「同ぜず」も、意地を張って人に逆らうことではなく、必要なときに自分の判断を保つことを意味します。
日本でも、『論語』は古くから、学問や人の生き方を学ぶための大切な書物として読まれ、多くの注釈書が作られました。江戸時代の儒学者である伊藤仁斎は、『論語古義(ろんごこぎ)』(1712年・江戸時代中期、没後刊行)で、和すれば相手を失わず、同ぜざれば自分を失わないという趣旨を述べています。
つまり、相手と穏やかに付き合うことで人間関係を壊さず、安易に同調しないことで自分の信念も失わないということです。仁斎の解釈は、この章句が示す二つの大切さを分かりやすく表しています。
明治時代には、西周の講義録『百学連環(ひゃくがくれんかん)』(1870年・明治時代初期)にも、「君子は和而不同、小人同而不和」と記されています。西周はこの句を、善と悪の両面を知り、自ら判断して行動する学問の姿勢と結び付けて用いました。
大正時代から昭和時代にかけては、渋沢栄一が『実験論語処世談(じっけんろんごしょせいだん)』でこの章句を取り上げ、「雷同心と調和心との異動」という題のもと、人と交わる際には調和と同調とを区別しなければならないと説きました。この談話は1915年から1924年にかけて連載され、1922年には書籍として刊行されています。
その後は、前半を取り出した「和して同ぜず」という形も広く使われるようになりました。小林秀雄の『西行』(昭和17年)には、当時流行していた歌学や歌合に対する西行の態度を表す言葉として、「和して同ぜず」が用いられています。
このように、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」は、もとは孔子が君子と小人との違いを対句で説いた言葉です。やがて、人と協力しながらも周囲に流されず、自分の正しい判断を守ることの大切さを表す教えとして定着しました。
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」の使い方




「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」の例文
- 学級会では、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずの教えを思い出し、多数意見に流されず自分の考えを述べた。
- 家族で旅行先を決めるとき、父は君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずという姿勢で、皆の希望を聞きながら別の案も示した。
- 友人と意見が食い違っても、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずを心に留め、相手を責めずに話し合った。
- 町内会の会議では、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずの精神で、周囲に配慮しながら問題点を率直に指摘した。
- 彼は職場でも、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずを大切にし、不適切な方針には礼儀正しく反対した。
- 異なる考えを認め合う社会を築くには、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずという教えが重要となる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』
・何晏集解『論語集解』三国時代・魏。
・朱熹『四書章句集注』南宋。
・伊藤仁斎『論語古義』1712年。
・西周『百学連環』1870年。
・渋沢栄一『実験論語処世談』実業之世界社、1922年。




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