【故事成語】
敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり
【読み方】
あえておくれたるにあらず、うますすまざればなり
【意味】
自分が大きな働きをしても、それを手柄として誇らず、へりくだって振る舞うことのたとえ。


「敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり」の故事
この言葉は、中国の古典『論語(ろんご)』の「雍也」に記された、魯(ろ)の大夫である孟之反(もうしはん)の振る舞いに基づくものです。『論語』は、孔子の没後、門人たちによる言行の記録を、儒家の一派が編集した二十編の書物です。
『論語』には、「子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也、馬不進也。」と記されています。孔子は、孟之反が自分の功績を誇らなかったことをほめ、敗走する軍の最後尾に残って味方を守りながら退き、門に入ろうとするときには、馬に鞭を当てて、「わざと後ろにいたのではない。馬が進まなかっただけだ」と言った、と語っています。
ここで「伐」は、自分の功績を誇ることを表します。また、「奔」は戦いに敗れて退くこと、「殿(しんがり)」は、退く軍の一番後ろにいて、追ってくる敵を防ぐ役目を指します。味方が逃げる中で最後尾に残ることは、危険を引き受けて仲間を守る、勇気のいる働きでした。
この出来事の詳しい背景は、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』の哀公十一年にも伝わっています。そこでは、斉(せい)の軍と魯の軍が戦い、魯の右軍が退いたため、斉軍が追いかけてくる中、孟之側が後から城へ入り、最後尾を守りながら矢を抜き、馬に鞭を当てて「馬進まざればなり」と言ったことが記されています。
『論語』では人物を「孟之反」とし、「非敢後也、馬不進也」と、後ろに残ったことを自分の功績として受け取らせまいとする言葉まで伝えています。一方、『春秋左氏伝』では人物を「孟之側」とし、「馬不進也」という言葉を記していますが、古い注釈では、孟之側の字が之反であると解き、いずれも同じ戦いにおける同じ人物の行動を伝えるものとして扱っています。
孟之反のすぐれたところは、ただ最後尾で味方を守ったことだけではありません。人々がその働きを功績としてたたえようとする場面で、彼は、自分がすすんで目立つ働きをしたのではなく、馬が進まなかったために後ろになっただけだと語り、名誉を自分一人のものにしませんでした。古い注釈でも、この章は、功績があっても誇らないことを善しとする内容として解かれています。
原文の「非敢後也、馬不進也」は、日本語では「敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり」と訓読されます。「馬進まざるなり」のような形で読む場合もありますが、いずれも、立派な働きをしていながら、自分から手柄を誇らないという孟之反の態度を表しています。
こうして、「敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり」は、危険な役目を果たした者の謙虚な一言から、功績を誇らず、静かに身を引く人の姿を表す言葉となりました。目立つ結果だけでなく、その後にどのような心で振る舞うかを大切にする故事成語です。
「敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり」の使い方




「敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなり」の例文
- 運動会で転んだ選手を助けながら最後まで走った彼の控えめな行動は、敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりを思わせた。
- 水害の夜に近所の人々の避難を助けながら表彰を辞退した人は、敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりの態度を貫いた。
- 文化祭の舞台を陰で立て直した係が功績を仲間に譲ったので、先生は敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりとたたえた。
- 困難な交渉をまとめながら手柄を部下に譲った部長には、敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりという言葉がふさわしい。
- 友人たちの研究発表を支えた彼女が賞を皆のものだと言った姿には、敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりの慎みがあった。
- 地域の清掃活動を長年支えながら名誉を求めない人を見て、敢えて後れたるに非ず、馬進まざればなりという言葉を思い出した。
主な参考文献
・小学館『デジタル大辞泉』小学館。
・『論語』「雍也」。
・『春秋左氏伝』「哀公十一年」。
・何晏集解、邢昺疏『論語注疏』「雍也」。























