【ことわざ】
暖簾に腕押し
【読み方】
のれんにうでおし
【意味】
少しも手ごたえや張り合いがないことのたとえ。いくら働きかけても相手の反応が薄く、らちがあかないこと。


【英語】
・beat the air(むだな努力をする)
【類義語】
・糠に釘(ぬかにくぎ)
・豆腐に鎹(とうふにかすがい)
・馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
【対義語】
・打てば響く(うてばひびく)
「暖簾に腕押し」の語源・由来
「暖簾に腕押し」は、店先などに掛ける布である暖簾を、腕で力いっぱい押しても、ほとんど抵抗がなく、押した手ごたえがないことから生まれたことわざです。相手に向かって言葉や力を尽くしても、まるで布を押しているように反応が返ってこない。そのもどかしさを、目に浮かぶ形で表しています。
「暖簾」は、もとは「のんれん」「のうれん」から変化した言葉で、禅家で簾(す)のすきまをおおい、風や寒さを防ぐ布の帳(とばり)を指しました。のちに、商家の軒先や店の出入り口に掛け、屋号や店名を示す布として広く用いられるようになり、店の信用や格式を表す意味にも広がりました。
このことわざで大切なのは、暖簾が「力を受け止めるもの」ではなく、「ひらりと受け流すもの」としてとらえられている点です。戸や柱を押せば手に抵抗が返ってきますが、暖簾は柔らかい布なので、力をこめても腕が抜けるだけです。そのため、真剣に向かっていっても相手から返事や反応がなく、張り合いを感じられない状態のたとえになりました。
「腕押し」は、古くは腕で押し合う力だめし、または二人が腕を立てて相手の腕を押し倒す遊び、つまり腕相撲を指す言葉でもありました。『異制庭訓往来』(14世紀中ごろ)に「腕推」という形があり、『義経記』(室町時代中ごろ成立)にも「腕取、うでおし、相撲などぞ好みける」とあります。こうした古い用例から、「腕押し」には、ただ腕で押す動きだけでなく、相手と力を比べる遊びの意味もあったことが分かります。
そのため、「暖簾に腕押し」は、暖簾を腕で押しても手ごたえがないという見方と、暖簾を相手に腕相撲をしても勝負にならないという見方の、どちらにもつながる表現です。実際に「腕押し」は腕相撲の別名として使われ、腕相撲は「二人が向かい合ってひじをつき、手のひらを握り合って互いに腕を倒し合う遊び」として説明されます。
成句としての古い用例には、森鴎外の『鶏』(1909年・明治42年)があります。作中では、相手が激しく言い立てても、石田という人物が静かに受け流してしまう場面で、「暖簾に腕押をしたような不愉快な感じ」という形が出てきます。ここでは、強く言えば相手も言い返してくるはずだと思っていた人物が、相手の反応のなさに拍子抜けする様子が描かれています。
後の用例では、織田作之助の『蛍』(1944年・昭和19年)や高峰秀子の『わたしの渡世日記』(1976年・昭和51年)にも、このことわざが使われています。どちらも、相手に向かって働きかけても、うまく受け流されて手ごたえがない場面で用いられています。明治から昭和にかけて、会話や文章の中で、相手の反応の薄さや、こちらの力が空回りする感じを表す言葉として定着していったといえます。
表現の形には、「暖簾に腕押し」のほかに、「暖簾と腕押し」という形もあります。また、かつては「相撲」や「脛押し」を用いた異形もありました。「脛押し」は足相撲のことです。どの形にも、力を入れて向かっていく側と、手ごたえのない相手との落差が表れています。
「糠に釘」や「豆腐に鎹」も、手ごたえや効き目がないことを表します。ただし「暖簾に腕押し」は、柔らかい物に力が吸いこまれるだけでなく、相手にうまくあしらわれているようなもどかしさを含みやすい表現です。だから、ただ失敗したときよりも、何度言っても相手が受け止めず、こちらだけが空回りしている場面で、特にぴったり合います。
「暖簾に腕押し」の使い方




「暖簾に腕押し」の例文
- 何度注意しても弟は同じ場所に靴を脱ぎっぱなしにし、暖簾に腕押しだった。
- 会議で改善案を出しても返事がなく、暖簾に腕押しのような気持ちになった。
- 友人に早めの準備をすすめたが、暖簾に腕押しで、結局前日にあわてていた。
- 窓口に問い合わせても同じ答えが返ってくるだけで、交渉は暖簾に腕押しだった。
- 部長に何度説明しても資料の大切さが伝わらず、暖簾に腕押しの状態が続いた。
- 反省している様子が少しもない相手に話し続けるのは、暖簾に腕押しに近い。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『義経記』室町時代中ごろ成立。
・『日葡辞書』1603〜1604年。
・森鴎外『鶏』1909年。
・Dictionary.com Unabridged, Random House, 2023.























