【故事成語】
思い内にあれば色外に現る
【読み方】
おもいうちにあればいろそとにあらわる
【意味】
心の中で思っていることは、自然に顔色や言葉、動作などに現れるということ。


【英語】
・The face is the index of the mind(顔は心を映し出すものだ)
【類義語】
・思うことは寝言に言う(おもうことはねごとにいう)
【対義語】
・顔に似ぬ心(かおににぬこころ)
「思い内にあれば色外に現る」の故事
この言葉のもとになったのは、中国の儒教経典『礼記(らいき)』に収められた「大学」の一節です。『礼記』は、戦国時代から前漢初期までの礼に関する文献を集めた四十九篇の書物で、「大学」はその第四十二篇に当たります。
「大学」では、心を誠実に保ち、自分一人でいるときにも行いを慎むことの大切さを説いています。その中には、人目のない所では悪事を重ねながら、立派な人物に会うと、慌てて悪い面を隠し、善人らしく装う者の姿が記されています。
しかし、周囲の人は、その者の内面を、肺や肝まで見通すかのように見抜いてしまうため、表面だけを取り繕っても役に立ちません。そこで、「此謂誠於中、形於外」と続きます。これは、心の内に本当にあるものは、外の姿にも必ず形となって現れる、という意味です。
原文の「誠」は、この場面では、口先で作った姿ではない、心の中の本当のありさまを指します。「形於外」は、それが顔つきや態度など、外から分かる形となって現れることを表します。内面と外面は切り離せず、本心は隠し通せないという教えです。
後に、南宋の朱熹(しゅき)は、『礼記』の「大学」と「中庸」を取り出し、『論語』『孟子』と合わせて四書に位置づけました。『大学』は、学問と人格修養の入口として重んじられ、日本でも広く読まれたため、「誠於中、形於外」の教えも日本語の表現に取り入れられていきました。
日本語における古い用例は、謡曲『松風(まつかぜ)』(1423年ごろ・室町時代前期)にあります。この作品は、古い能をもとに観阿弥が改作し、さらに世阿弥が手を加えたもので、須磨の海人(あま)である松風と村雨の亡霊を描いています。
旅の僧が、松風と村雨の墓標である松を弔ったことを話すと、二人の女は涙を流します。僧から泣いている理由を問われた二人は、「げにや思ひ内にあれば、色ほかに現はれさむらふぞや」と答えます。心に秘めた在原行平への思慕が、涙や表情となって外に現れてしまった場面です。
この古い用例では「色ほかに現はれ」とあり、「外」を「ほか」と読んでいます。「色」は単なる色彩ではなく、顔色や表情を指し、「外」は心の外、すなわち他人にも分かる表面を表します。現在は、「色外に現る」を「いろそとにあらわる」と読む形が、一般に用いられています。
このように、もとは『大学』において、善人を装っても本心は態度に現れると戒めた言葉でした。それが日本では、謡曲の恋慕の場面にも用いられ、やがて善悪だけでなく、喜び、悲しみ、心配、好意など、胸の内にある思いは自然に表情や振る舞いへ現れるという、広い意味の表現として定着しました。
「思い内にあれば色外に現る」の使い方




「思い内にあれば色外に現る」の例文
- 合格の知らせを隠していたが、うれしそうな笑顔を見れば、思い内にあれば色外に現るである。
- 弟は平気なふりをしていたものの、不安そうな表情に、思い内にあれば色外に現るという言葉が当てはまった。
- 思い内にあれば色外に現るというように、母は娘の沈んだ顔から悩みがあることを察した。
- 彼は新しい企画への反対を口にしなかったが、思い内にあれば色外に現るで、険しい顔つきが本心を物語っていた。
- 友人への好意を秘密にしていたつもりでも、思い内にあれば色外に現るで、周囲にはすっかり知られていた。
- 優勝への期待を抑えていた監督も、思い内にあれば色外に現るで、選手の好プレーに思わず笑みを浮かべた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館大辞泉編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・竹内照夫著『新釈漢文大系29 礼記 下』明治書院、1979年。
・小山弘志・佐藤喜久雄・佐藤健一郎校注・訳『日本古典文学全集33 謡曲集(一)』小学館、1973年。
・『礼記』戦国時代〜前漢初期。
・観阿弥作、世阿弥改作『松風』室町時代前期。























