【ことわざ】
親の物は子の物、子の物は親の物
【読み方】
おやのものはこのもの、このものはおやのもの
【意味】
親子の間では、持ち物の所有を他人同士のように厳密に区別しないということ。


【類義語】
・親の物は子の物(おやのものはこのもの)
【対義語】
・親子の仲でも金銭は他人(おやこのなかでもきんせんはたにん)
「親の物は子の物、子の物は親の物」の語源・由来
「親の物は子の物、子の物は親の物」は、親子では、持ち物を他人同士ほど厳密に分けないという考えを、前半と後半で言葉の順序を入れ替え、調子よくまとめた表現です。「親の物は子の物」という短い形でも使われます。
このことわざにつながる古い言い方は、仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』(1283年・鎌倉時代、無住著)巻七ノ二に出てきます。『沙石集』は、さまざまな説話を通して、仏教の教えを分かりやすく説いた全十巻の書物です。
そこには、中国の育王山(いくおうざん)で、二人の僧が布施(ふせ:人から寺や僧へ差し出される金品)を奪い合った話があります。寺の長老である大覚連和尚(だいかくれんわしょう)は、欲を出して争う二人を恥じ入らせるため、銀百両をめぐる俗人の話を語りました。
ある男が、他人から銀百両を預かっていました。銀の持ち主が亡くなったため、男はその子に銀を渡そうとしましたが、子は、父が自分に譲ったのではなく、その男に預けたのだから、銀は預かった男の物であるはずだと言って、受け取りませんでした。
ところが、預かった男も、自分は保管していただけで、譲り受けたのではないと答え、「親の物は子の物とこそなるべけれ」と言って銀を返しました。これは、親の物ならば、その子が受け継ぐのが当然であろう、という意味です。
二人は銀を相手の物だと言って互いに受け取らず、ついには役所へ判断を求めました。役人は、二人の主張はどちらも道理にかない、二人とも賢い人物であると認め、銀を寺へ納めて、亡くなった持ち主の菩提(ぼだい:死後の安らぎ)を弔うように命じました。
大覚連和尚は、財産を受け取る権利がありながら譲り合った俗人を引き合いに出し、世俗を離れた僧が布施を奪い合うのは、恥ずべきことだと戒めました。そして、争った二人の僧を寺から追い出しました。
この『沙石集』の「親の物は子の物」は、現在のように、親子が日常の持ち物を互いに使うことを直接表したものではありません。親の財産は子が相続(そうぞく)するものだという考えを示し、それを、欲のない行いをたたえる話の中で用いています。
これとは反対向きの「子の物は親の物」という言い方も、明治29年(1896年)の民法典草案をめぐる審議に関する記録に出てきます。親が子の財産を管理する行為に制限を設ける案への反対意見として、「特に日本では、子の物は親の物である」という考えが述べられました。これは、親を家の中心とし、親子の財産を一体のものとして扱う、当時の家制度の強さを表しています。
また、平成18年(2006年)にまとめられた新潟県のことわざ集には、佐渡相川の言い方として、「親の物は子の物」が収められています。中世の説話に出てくる短い形が、地域の言葉としても伝わっていたことが分かります。
ただし、『沙石集』の一文と明治期の発言が、そのまま結び付いて現在の形になったと断定することはできません。現在の「親の物は子の物、子の物は親の物」は、二つの方向を対句として並べることで、親子は生活や財産を分かち合うほど近い間柄であるという意味を、いっそう明確に表しています。
「親の物は子の物、子の物は親の物」の使い方




「親の物は子の物、子の物は親の物」の例文
- 我が家では親の物は子の物、子の物は親の物という考えで、旅行用のかばんを家族で共有している。
- 親の物は子の物、子の物は親の物と、父は自分の大工道具を息子にも使わせた。
- 母のミシンを娘が使い、娘の裁縫箱を母が借りる様子は、まさに親の物は子の物、子の物は親の物だった。
- 親の物は子の物、子の物は親の物という家庭で育ったため、彼は家族の道具を皆で大切に扱った。
- 祖父は親の物は子の物、子の物は親の物と言い、受け継いだ農具を家族全員で手入れした。
- 親の物は子の物、子の物は親の物とはいっても、家族は互いに声を掛けてから大切な品を借りていた。
主な参考文献
・板垣俊一編『新潟県の〈ことわざ〉』県立新潟女子短期大学板垣研究室、2006年。
・合田篤子「親権者による財産管理権の濫用的行使の規制」『神戸法学雑誌』第51巻第1号、神戸法学会、2001年。
・無住『沙石集』1283年。























