【ことわざ】
親の心子知らず
【読み方】
おやのこころこしらず
【意味】
親の深い愛情や苦労は子にはなかなか伝わらず、子はその気持ちを理解しないまま勝手に振る舞うものだということ。


【英語】
・No child knows how dear they are to their parents(子は、自分が親にどれほど大切に思われているかを知らない)
【類義語】
・子を持って知る親の恩(こをもってしるおやのおん)
【対義語】
・子の心親知らず(このこころおやしらず)
「親の心子知らず」の語源・由来
「親の心子知らず」は、中国の故事から生まれた表現ではなく、日本で古くから使われてきたことわざです。親が子を思う愛情と、その思いを十分に理解できない子とのすれ違いを、親子という身近な関係によって言い表しています。
初出例として挙げられるのが、『義経記(ぎけいき)』(室町時代中期ごろ成立、作者未詳)巻七です。『義経記』は、源義経とその家臣たちを中心に、義経の波乱に富んだ生涯を描いた物語で、それまで語り継がれてきた義経伝説を室町時代にまとめたものです。
巻七では、兄の源頼朝に追われた義経一行が、山伏に姿を変えて奥州平泉を目指しています。一行が出羽国田川郡の三瀬(さんぜ)に滞在していたとき、土地の領主である田川実房から、重い病に苦しむ十三歳の息子のために祈ってほしいと頼まれました。
義経は、その土地が、自分を保護してくれる藤原秀衡の領地であるため、実房も秀衡に仕える者だろうと考えます。そして、自分たちの正体を明かしても差し支えないのではないかと口にしました。
それを聞いた武蔵坊弁慶は、「あはれや殿、親の心を子知らずとて、人の心は知り難し」と、義経をいさめました。親が子を思う心でさえ、その子には十分に伝わらないのだから、他人の本心を簡単に信じることはできない、という戒めです。
この場面では、実際の親子の愛情について嘆いているのではありません。もっとも身近で深い結びつきをもつ親子でさえ、互いの心が通じないことがあるという例を挙げ、人の心を見抜く難しさを説いています。弁慶は、実房が味方だと決めつけて正体を明かせば、思わぬ危険を招くかもしれないと警戒したのです。
『義経記』では、「親の心を子知らず」という、「心」の後に助詞の「を」を置いた形で使われています。後に「を」を省いた「親の心子知らず」という簡潔な形が定着し、親の愛情や苦労が子に通じないことを表す現在のことわざとなりました。
現在では、子どもが親の忠告を聞かずに勝手な行動をしたときや、親が心を込めて世話をしても、子どもがその苦労に気づかないときに用います。また、弟子や後輩のためを思って尽くす人の真意が、相手に伝わらない場合にも、親子の関係になぞらえて使われます。
「親の心子知らず」の使い方




「親の心子知らず」の例文
- 夜遅くまで帰りを待つ両親に連絡もしないとは、親の心子知らずも甚だしい。
- 父は息子の将来を案じて忠告したが、親の心子知らずで、息子は聞く耳を持たなかった。
- 母が健康を考えて作った弁当を残してばかりいる弟に、親の心子知らずという言葉を思い出した。
- 親の心子知らずだった若いころを振り返り、今になって両親の苦労が身にしみた。
- 娘の帰宅が遅いたびに心配する母は、親の心子知らずだとため息をついた。
- 社長が若い社員の成長を願って助言しても真意が伝わらず、親の心子知らずのようなすれ違いが生じた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『義経記』室町時代中期ごろ成立。























