【故事成語】
雲中の白鶴
【読み方】
うんちゅうのはっかく
【意味】
人格が高潔で、世俗の思惑にとらわれない人物のたとえ。


【英語】
・a person of noble character(高潔な人格を備えた人物)
【類義語】
・雲間の鶴(うんかんのつる)
「雲中の白鶴」の故事
「雲中の白鶴」は、中国の後漢末に生きた学者・邴原(へいげん)を、遼東の支配者であった公孫度(こうそんど)がたたえた言葉にもとづきます。
この言葉は、『世説新語(せせつしんご)』(5世紀・南朝宋、劉義慶撰)の「賞誉」に出てきます。『世説新語』は、後漢末から東晋末までの名高い人物の言行や逸話を集めた書物です。
さらに詳しい話は、『三国志』(3世紀後半・西晋、陳寿撰)の「魏書・邴原伝」に付けられた裴松之の注にあります。この注は、5世紀の南朝宋に裴松之が加えたもので、ここでは『原別伝』という古い伝記を引用しています。
邴原は若いころから学問と品行で名を知られ、役人になるよう求められても、たやすく応じませんでした。後漢末に黄巾の乱が起こると、家族を連れて戦乱を避け、やがて遼東へ渡りました。
遼東では、公孫度に命を狙われていた劉政という人物をかくまい、安全な土地へ逃がしました。そのうえ、公孫度を説得して劉政の家族を解放させ、帰郷の費用まで用意しています。
邴原の徳を慕う人は多く、遼東へ来て一年ほどの間に、数百もの家が彼の住む土地へ移ってきました。学問を習おうと訪れる人も絶えなかったとあります。
邴原は一度、故郷へ帰ろうとしましたが、事情があって遼東へ戻り、その後十年以上を過ごしました。やがて人知れず遼東を離れ、南へ向かってから数日たって、ようやく公孫度がそのことに気づきました。
公孫度は、すでに追いつけないと悟ると、「邴君所謂雲中白鶴、非鶉鷃之網所能羅矣」と言いました。邴原は、いわゆる雲の中の白鶴であり、小鳥を捕らえる網などでは捕まえられない、という意味です。
『世説新語』では、この後半が「非燕雀之網所能羅也」となっています。「燕雀(えんじゃく)」は、ツバメやスズメのような小鳥を指しますが、小人物のたとえにも用いられます。
地上近くにいる小鳥を捕らえる網では、雲高く飛ぶ白鶴には届きません。この対照によって、邴原は、並の人物を縛る利益や権力にはとらわれず、清らかな志を守る人物だと表したのです。
同じ伝記には、邴原が「高遠清白」で、心静かに欲を抑え、言葉にも行いにも過ちがなかったため、優れた人々が彼を慕ったとあります。「雲中の白鶴」という比喩は、その生き方全体をたたえた言葉でした。
後の『南史(なんし)』(7世紀・唐、李延寿撰)でも、世俗を離れた高潔な人物を「雲中の白鶴のようだ」とたたえています。このころには、邴原一人を指す言葉から、品格の高い人物を広くほめる表現へと定着していました。
日本語では、「雲中白鶴」と、「の」を入れない形でも使われます。太宰治の『令嬢アユ』(昭和16年)には、端然と正座して囲碁の独り稽古をする人物について、「どこやら雲中白鶴の趣さえ感ぜられる」とあります。
こうして「雲中の白鶴」は、世間の小さな利害に縛られず、信念を守って気高く生きる人物をたたえる故事成語となりました。
「雲中の白鶴」の使い方




「雲中の白鶴」の例文
- 利益よりも信義を重んじた彼は、周囲から雲中の白鶴と敬われた。
- 私財を投じて地域の子どもを支え続けた医師は、まさに雲中の白鶴であった。
- どれほど高い地位に就いても私欲に走らない会長を、社員たちは雲中の白鶴とたたえた。
- 名声を求めず研究に打ち込む老学者には、雲中の白鶴を思わせる気高さがある。
- 権力者の誘いにも信念を曲げなかった彼女は、雲中の白鶴のような人物だ。
- 長年、身寄りのない人々を黙って助けてきた祖父を、町の人々は雲中の白鶴と呼んだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・劉義慶撰、劉孝標注『世説新語』5世紀。
・陳寿撰、裴松之注『三国志』3世紀、注は5世紀。
・李延寿『南史』7世紀。
・太宰治『令嬢アユ』1941年。























