【ことわざ】
漆は剝げても生地は剝げぬ
【読み方】
うるしははげてもきじははげぬ
【意味】
表面を飾るものが失われても、人が生まれながらにもつ素質や性格は変わらないというたとえ。


【英語】
・A leopard cannot change its spots(人の本性は変わらない)
【類義語】
・三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)
・雀百まで踊り忘れず(すずめひゃくまでおどりわすれず)
【対義語】
・朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる)
「漆は剝げても生地は剝げぬ」の語源・由来
「漆は剝げても生地は剝げぬ」は、漆器(しっき)の表面に塗った漆がはがれても、その下にある器のもとの部分までは、塗膜のようにはがれ落ちないことにたとえた言葉です。特定の人物の逸話ではなく、漆器の構造を身近に知る暮らしの中から生まれたことわざです。
漆は、ウルシの木から採る樹液を加工した天然の塗料です。木製品などの表面に塗ると、美しいつやを生むだけでなく、素材の腐朽を防ぎ、器物を長持ちさせる働きがあります。
漆器を作るときは、まず木を削って器の形を整えます。その後、下地を作り、漆を塗っては乾かし、研いでから再び塗るという工程を重ね、丈夫で滑らかな表面に仕上げていきます。
漆を塗る前の白木の器物や、器の土台となる木の部分は、漆工の言葉で「木地(きじ)」と呼びます。このことわざでは「生地」と書き、表面の塗りに対する、器のもとの部分という意味で用いています。
「剝げる」は、表面に付着していたものや、覆っていたものが離れて取れることです。漆が長年の使用によって剝げれば、その下から生地が現れますが、生地そのものは、表面に塗り加えた層ではありません。
この漆と生地との関係を人に移すと、「漆」は、あとから身につけた知識、よそ行きの態度、肩書、服装など、外側を整えるものに当たります。こうしたものは、時間がたったり、環境が変わったりすると、失われることがあります。
一方の「生地」は、その人が生まれながらにもつ素質や性格、本来の人柄を表します。外側の飾りがなくなっても、その人の根本にある性質は容易には変わらないというのが、このことわざの考え方です。
そのため、親切さ、勇気、気前のよさなど、好ましい性質が変わらない場合にも使えます。また、頑固さや短気など、改めにくい性格が再び現れた場合にも用いられます。
ただし、人は学習や経験によって何も変われない、という意味ではありません。このことわざが強く表すのは、外側の振る舞いを一時的に変えても、深く根づいた素質や性格までは簡単に変わらないということです。
「三つ子の魂百まで」も、幼いころの性格が、年を重ねても変わらないことを表します。「雀百まで踊り忘れず」は、若いころに身についた習性が、年を取っても残ることを雀の動きにたとえた言葉です。
これに対して、「朱に交われば赤くなる」は、人が付き合う相手や周囲の環境によって感化されることを表します。人の本質は変わりにくいとする「漆は剝げても生地は剝げぬ」と、周囲の影響による変化を重く見る言葉として、反対の発想を示しています。
表記には、旧字体の「剝」を使った「漆は剝げても生地は剝げぬ」と、新字体の「剥」を使った「漆は剥げても生地は剥げぬ」があります。どちらも、表面の飾りが取れたときに、かえってその人の変わらない本質が現れることを、漆器の姿によって巧みに言い表しています。
「漆は剝げても生地は剝げぬ」の使い方




「漆は剝げても生地は剝げぬ」の例文
- 社長という肩書を離れても豪胆な人柄は変わらず、漆は剝げても生地は剝げぬと思わせた。
- 幼いころからの几帳面さは老いても変わらず、まさに漆は剝げても生地は剝げぬであった。
- 都会風の服装をやめても気前のよさは昔のままで、漆は剝げても生地は剝げぬというものだ。
- 彼は丁寧な言葉で取り繕っていたが、怒ると頑固な性格が現れ、漆は剝げても生地は剝げぬとなった。
- 長く舞台を離れていても、生来の度胸は失われておらず、漆は剝げても生地は剝げぬと皆が感心した。
- 厳しい暮らしを経験しても彼女の明るさは変わらず、漆は剝げても生地は剝げぬを体現していた。
主な参考文献
・現代言語研究会編『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・学研辞典編集部編『用例でわかる故事ことわざ辞典』学習研究社、2005年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。























