【ことわざ】
後ろの目、壁に耳
【読み方】
うしろのめ、かべにみみ
【意味】
自分が気づかない間にも他人が見たり聞いたりしているため、隠し事や悪事は世間に知れやすく、隠し通せないというたとえ。


【英語】
・Walls have ears(壁にも耳があり、秘密の話は誰かに聞かれているかもしれない)
【類義語】
・壁に耳あり障子に目あり(かべにみみありしょうじにめあり)
・闇夜に目あり(やみよにめあり)
・藪に目(やぶにめ)
「後ろの目、壁に耳」の語源・由来
「後ろの目、壁に耳」は、自分からは見えない後ろにも人の目があり、ただの仕切りに思える壁にも人の耳がある、という見立てから生まれたことわざです。誰も見聞きしていないと思っていても、秘密や悪事は思わぬところから知られることを表します。
初めの「後ろの目」は、背中に目が付いているという意味ではありません。自分が前を向いている間にも、背後から行動を見ている人がいるかもしれないことを、「目」という言葉で表しています。
後の「壁に耳」は、壁そのものに耳があるように言った表現です。壁の向こう側に人がいたり、誰かが聞き耳を立てていたりすれば、内緒の話も外へ漏れてしまいます。壁を人のように扱うことで、どこで誰が聞いているか分からないという不安を強く表しています。
「目」と「耳」を一つの言い方に組み合わせることで、行動は見られ、会話は聞かれるという二つの危険を同時に示しています。姿を隠したつもりでも、声を小さくしたつもりでも、完全には秘密にできないという戒めです。
現在の形につながる古い用例は、天正本『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、南北朝時代、作者不詳)の巻二十六に出てきます。そこには、「後の目壁に耳、いかでか隠れあるべき」とあります。
この一節は、後ろにも見る目があり、壁にも聞く耳があるのだから、どうして隠し通すことができようか、という意味です。「いかでか……べき」は、どうしてそのようなことができようか、いや、できない、という強い言い方です。
古い用例では「後ろ」を「後」と書き、「後の目壁に耳」と表しています。現在は、読み方が分かりやすい「後ろの目、壁に耳」や、読点を入れない「後ろの目壁に耳」という表記が用いられますが、意味に違いはありません。
『太平記』は、鎌倉幕府の滅亡から南北朝の争乱、室町幕府の成立に至る時代を描いた四十巻の軍記物語です。成立には複数の人物が関わったと考えられていますが、作者は特定されていません。
巻二十六では、室町幕府の執事であった高師直と、その兄弟である師泰の奢りや悪行が語られます。人々に知られないまま横暴な振る舞いを続けることはできず、その行いはやがて世間へ伝わるという文脈が、「後の目壁に耳」という言葉に結び付いています。
ただし、「壁に耳」という発想は、『太平記』よりも前から日本で用いられていました。『平治物語(へいじものがたり)』(1220年頃成立、鎌倉時代前期)には、「壁に耳、天に口といふ事あり」とあります。人に聞かれていないと思っても、話はどこかから広まるという意味です。
さらに、「壁に耳」に当たる考え方は、中国の古典『管子(かんし)』(戦国時代末から漢代にかけて編纂)の「君臣下」にも出てきます。そこには「牆有耳者、微謀外泄之謂也」とあり、垣に耳があるとは、秘密の計画が外へ漏れることをいう、という意味を表しています。
日本では、その後も「壁に耳」に別の言葉を添えた形が使われました。『公武歌合』(1475年・室町時代)には、「壁に耳」と「石の物言ひ」を結び付けた用例があり、浄瑠璃『鬼一法眼三略巻』(1731年・江戸時代中期)にも「壁に耳石の物言ふ世の中」と出てきます。
江戸時代後期には、「壁に耳あり」に「障子に目あり」や「徳利に口あり」を続ける形も用いられました。やがて「壁に耳あり障子に目あり」が広く知られるようになり、「後ろの目、壁に耳」と同じく、秘密の漏れやすさを戒めることわざとして定着しました。
このように、「後ろの目、壁に耳」は、見えない背後から注がれる目と、話を聞き取る壁の耳とを並べた表現です。隠し事や悪事は思いどおりには隠せないため、誰にも見られていないと思っても、慎みを失ってはならないと教えています。
「後ろの目、壁に耳」の使い方




「後ろの目、壁に耳」の例文
- 後ろの目、壁に耳というから、廊下で大切な相談をするのはやめた。
- 父は後ろの目、壁に耳を忘れ、家族への贈り物の話を本人の隣室でしてしまった。
- 後ろの目、壁に耳と心得て、会議室の外へ漏れてはならない話題を慎重に扱った。
- 悪事を隠し通そうとしても、後ろの目、壁に耳で、いつかは世間に知られてしまう。
- 後ろの目、壁に耳という言葉どおり、内緒の計画は思わぬ人の耳に入っていた。
- 秘密を守る必要がある場では、後ろの目、壁に耳を常に意識しなければならない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『平治物語』1220年頃成立。
・『太平記』14世紀後半成立。
・『管子』戦国時代末から漢代にかけて成立。























