【慣用句】
櫛の歯が欠けたよう
【読み方】
くしのはがかけたよう
【意味】
切れ目なく続くはずのものや、そろって並んでいるはずのものが、ところどころ欠けているさま。


【類義語】
・歯抜け(はぬけ)
・疎ら(まばら)
【対義語】
・櫛比(しっぴ)
「櫛の歯が欠けたよう」の語源・由来
「櫛の歯が欠けたよう」は、櫛に細い歯が一列にそろっている姿をもとにした比喩です。櫛の歯が途中で何本か欠けると、整っていた並びに不規則な空間が生じます。その姿を、家、人、席などが、ところどころ抜けた状態に重ねています。
櫛の歯は古くから、物が密に並び、絶え間なく続く様子のたとえに用いられてきました。「櫛比(しっぴ)」は、櫛の歯のように隙間なく並ぶことを意味し、空海の『三教指帰(さんごうしいき)』(797年・平安時代初期、空海著)にも、「櫛比」の用例が出てきます。
『三教指帰』の用例は、「櫛の歯が欠けたよう」という表現そのものではありませんが、櫛の歯が、密集した整然たる並びを表す比喩として早くから使われていたことを示しています。現在の慣用句は、その整った並びの一部が失われた姿に目を向けた言い方です。
『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前期成立・鎌倉時代前期)には、「御使ひ櫛のはのごとくはしりかさなって」とあります。使者が次から次へと続いて走る様子を櫛の歯にたとえており、「櫛の歯の如し」という言い方で、物事が絶え間なく続くことを表しています。
さらに、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立・南北朝時代)には、諸国から鎌倉へ早馬が相次いで到着する場面で、「急を告ぐる事櫛の歯を引が如し」とあります。櫛の歯が次々と作られて並ぶ様子を、絶え間なく続く早馬に重ねた表現です。
このように、古い表現では、そろった櫛の歯が「隙間のない並び」や「絶え間ない連続」を表していました。「櫛の歯が欠けたよう」は、その比喩を反対側から捉え、続いているべきものの間に空きが生じた状態を表しています。
「欠ける」には、物の一部分が壊れるという意味のほか、そろうべきものの一部分や、必要なものが抜けているという意味があります。この二つの意味が重なっているため、「櫛の歯が欠ける」という具体的な姿から、人や物が部分的に失われた状態を、無理なく連想できます。
堀田善衛の小説『記念碑(きねんひ)』(昭和30年、堀田善衛著)には、「店々は見栄も外聞もなく戸をしめていた。櫛の歯の欠けたような、さびしさだった」とあります。店が連続して並ぶ町で、ところどころの店が戸を閉ざした光景を、歯の欠けた櫛にたとえています。
この用例では、単に数が少ないだけでなく、本来は続いているはずの店並みに空白が生じ、そのために町全体が寂しくなった様子まで表しています。「櫛の歯が欠けたよう」には、整った並びが崩れたという視覚的な意味と、そこから生まれる物寂しさの両方を込めることができます。
現在では、人々が次々に帰って空席が目立つ会場、取り壊された家が点々と残す空き地、欠席者の多い集まりなどに用います。ただ初めから数が少ない状態よりも、そろっていたものが途中から失われ、不ぞろいになった場面によく合う表現です。
なお、現在の定まった言い方は、「櫛の歯が欠けたよう」です。「櫛の歯が抜けたよう」とはせず、櫛の歯は「欠ける」と表します。人間の歯については、「歯の抜けたよう」という別の慣用的な言い方があるため、混同しないことが大切です。
「櫛の歯が欠けたよう」の使い方




「櫛の歯が欠けたよう」の例文
- 観客が次々に帰り、客席は櫛の歯が欠けたようになった。
- 商店街では閉店した店が増え、店並みが櫛の歯が欠けたようになっている。
- 欠席者が相次ぎ、記念写真の列は櫛の歯が欠けたようだった。
- 古い住宅が取り壊され、通りの家並みは櫛の歯が欠けたようになった。
- 長年の会員が次々に退会し、名簿は櫛の歯が欠けたような状態になった。
- 本棚から何冊も貸し出され、全集の並びが櫛の歯が欠けたように見えた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・空海『三教指帰』797年。
・『平家物語』13世紀前期成立。
・『太平記』14世紀後半成立。
・堀田善衛『記念碑』中央公論社、1955年。























