【故事成語】
網無くして淵にのぞむな
【読み方】
あみなくしてふちにのぞむな
【意味】
十分な準備や努力をしないまま、よい結果だけを望んでも成功しないという戒め。目的を成し遂げるには、先に手段を整える必要があるというたとえ。


【英語】
・It is vain to fish without a hook.(釣り針なしで魚を釣ろうとしても無駄だ)
【類義語】
・備え有れば患い無し(そなえあればうれいなし)
・食を願わば器物(しょくをねがわばうつわもの)
・堅き氷は霜を履むより至る(かたきこおりはしもをふむよりいたる)
【対義語】
・泥棒を捕らえて縄を綯う(どろぼうをとらえてなわをなう)
「網無くして淵にのぞむな」の故事
この故事成語は、水辺の魚を望むことと、魚を捕るための網を用意することを対比して生まれた言い方です。淵は、川などで水が深くよどんでいる所を指します。魚がいそうな淵を前にしても、網がなければ魚は捕れません。そこから、願うだけでなく、目的に合った手段や準備を整えなければならない、という教えにつながっています。
古い中国の書物では、『文子(ぶんし)』の上徳に、「臨河欲魚,不若歸而織網」という近い形の言葉が出てきます。これは、川のそばで魚を欲しがるよりも、家に帰って網を織るほうがよい、という意味です。同じ箇所では、火を得るには木をただ眺めるだけでなく、こすったり掘ったりするような行動が必要だという例も並びます。願いがあるなら、その願いをかなえるための行動を先に起こすべきだ、という考えがここにあります。
前漢の淮南王劉安(りゅうあん)が編んだ『淮南子(えなんじ)』(前2世紀ごろ)の説林訓には、「臨河而羨魚,不如歸家織網」とあります。川に臨んで魚をうらやむより、家に帰って網を織るほうがよい、という言い方です。魚を見て「ほしい」と思うだけでは何も得られず、魚を捕る道具を作るところから始めなければならない、という筋道がはっきり表れています。
『漢書(かんじょ)』董仲舒(とうちゅうじょ)伝にも、「臨淵羨魚,不如退而結網」という形が出てきます。ここでは、政治をよくしたいと願うだけでは足りず、制度を改める行動に移るべきだという文脈で用いられています。水辺で魚をうらやむ姿は、しだいに「望むだけで実行しないこと」のたとえとして広がっていきました。
さらに、東晋の葛洪(かっこう)が著した『抱朴子(ほうぼくし)』(317年成立)の「勖学」には、「夫不学而求知,猶願魚而無網焉,心雖勤而無獲矣」とあります。学ばずに知識を求めるのは、網を持たずに魚を願うようなもので、心だけは熱心でも得るものがない、という意味です。ここでは、網のないまま魚を望む姿が、努力や学びを欠いた願望のむなしさを表すたとえとして、いっそう現在の意味に近い形で使われています。
日本語では、江戸時代前期の俳諧集『毛吹草』(1638年)に、「網なうてふちなのぞみそ しなだまとるにもたねがなければならず」という近い形が出てきます。「網なうて」は「網がなくて」にあたり、魚を捕るにも種となる準備が必要だ、という内容です。この古い用例から、漢籍の考えが日本語の言い回しとして受け入れられ、「網無くて淵をのぞくな」「網無くして淵をのぞくな」などの形でも使われるようになりました。
「網無くして淵にのぞむな」は、ただ欲しがったり、他人の成功をうらやんだりするだけでは結果は得られない、という教えを短く表しています。淵の魚に目を向ける前に、まず網を用意することが大切です。今の生活でいえば、よい結果を望む前に、練習、調査、計画、道具などを整えることが、この故事成語の芯に当たります。
「網無くして淵にのぞむな」の使い方




「網無くして淵にのぞむな」の例文
- 十分な練習をせずに大会の優勝だけを望むのは、網無くして淵にのぞむなというものだ。
- 資料を読まずに難しい討論へ出ようとする態度は、網無くして淵にのぞむなに当たる。
- 友人の合格をうらやむ前に勉強の計画を立てるべきで、網無くして淵にのぞむなを忘れてはいけない。
- 新しい仕事を任されたなら、網無くして淵にのぞむなと考え、必要な知識を先に調べておく。
- 料理を始めてから材料が足りないと気づくのは、網無くして淵にのぞむなを思わせる失敗だ。
- 地域の発表会でよい演奏をしたいなら、網無くして淵にのぞむなで、日々の練習をおろそかにできない。
主な参考文献
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢検 漢字ペディア』。
・Henry G. Bohn編『A Polyglot of Foreign Proverbs』Henry G. Bohn、1857年。
・『文子』。
・劉安編『淮南子』前2世紀。
・班固ほか『漢書』1世紀。
・葛洪『抱朴子』317年。























