【故事成語】
寇に兵を藉し、盗に糧を齎す
【読み方】
あだにへいをかし、とうにりょうをもたらす
【意味】
敵に利益を与え、味方の損害を大きくすることのたとえ。自分側を不利にする行動を、自らしてしまう場合にいう。


【英語】
・to play into the enemy’s hands(敵に有利になるように動いてしまう)
【類義語】
・敵に糧(てきにかて)
・賊に兵を貸す(ぞくにへいをかす)
「寇に兵を藉し、盗に糧を齎す」の故事
この故事成語は、戦国時代の秦で、李斯が秦王政をいさめた上書『諫逐客書』(戦国時代・前237年、李斯著)に由来します。『史記』(前漢、司馬遷撰)「李斯列伝」にも、その上書の内容が収められています。
当時、韓の人である鄭国が、秦のために水路を造ると見せかけ、実は秦の力をそぐための策を行っていたことが明らかになりました。これを受けて、秦の宗室や大臣たちは、他国から来て秦に仕える人々は、もとの国のために秦を探る者ではないかと疑い、すべて追放すべきだと秦王に進言しました。李斯自身も他国出身の「客」であったため、追放の対象に入っていました。
李斯は、秦が強くなったのは、秦の外から来た優れた人材を用いてきたからだと述べます。秦穆公・孝公・恵王・昭王の時代に、他国出身の人材が秦を富ませ、領土を広げ、国を強めた例を挙げ、客をしりぞけることは秦の利益に反すると説きました。
さらに李斯は、秦王が他国の宝玉、剣、馬、音楽、美しい飾りを喜んで用いているのに、人材だけを「秦の生まれではない」という理由で退けるのは筋が通らない、と述べました。物は他国のものでも重んじるのに、人は他国の生まれだというだけで軽んじるなら、天下を治める道にはならない、という論の進め方です。
そのうえで李斯は、土地が広ければ穀物が多く、国が大きければ人が多く、兵が強ければ士気も高まると説きました。そして、天下の人材をしりぞければ、すぐれた人々は秦に向かわなくなり、秦の敵となる国々を助けることになるとして、「藉寇兵而齎盜糧」と表しました。これは、敵に武器を貸し、盗賊に食糧を届けるようなものだ、という意味です。
この原文の「藉寇兵而齎盜糧」が、日本語では「寇に兵を藉し、盗に糧を齎す」という訓読の形で伝わりました。「藉」は貸す、「齎」は持って行って与えるという意味を含みます。古い注では「齎」の音や意味を示し、「齎」は「資」とも書かれ、意味が通じるとも説明しています。
『史記』では、この上書のあと、秦王は逐客の命令を取りやめ、李斯の官職を戻し、その計略を用いたと記しています。つまり、この故事成語は、単に「敵を助ける」という話ではなく、自分たちの大事な力を追い出して、結果として敵を強くしてしまう愚かさを戒める言葉として生まれました。
現在もこの故事成語は、相手に武器そのものを渡す場合だけでなく、競争相手に有利な情報を不用意に与えたり、反対側が動きやすくなる口実を作ったりする場合に使われます。もとの故事にある「人材を追い出せば、敵国を助けることになる」という考えが広がり、自分の行動で相手を強くしてしまうこと全般を表すようになったのです。
「寇に兵を藉し、盗に糧を齎す」の使い方




「寇に兵を藉し、盗に糧を齎す」の例文
- 会議の前に新商品の資料を競合会社へ送ってしまえば、寇に兵を藉し、盗に糧を齎すことになる。
- 相手チームの弱点を知られないようにするつもりが、自分たちの作戦表を落としては、寇に兵を藉し、盗に糧を齎すも同然だ。
- 不確かな発言で反対派に攻撃の材料を与えるのは、寇に兵を藉し、盗に糧を齎す行為だ。
- 家族だけで話し合うべき予定を外へ広めたため、寇に兵を藉し、盗に糧を齎す結果となった。
- 交渉でこちらの上限金額を先に明かすのは、寇に兵を藉し、盗に糧を齎すようなものだ。
- 守るべき情報を軽く扱えば、知らぬ間に寇に兵を藉し、盗に糧を齎すことになりかねない。
主な参考文献
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・司馬遷『史記』前漢。
・李斯『諫逐客書』前237年。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























