【故事成語】
阿衡の佐
【読み方】
あこうのさ
【意味】
すぐれた補佐役のこと。とくに、君主や組織の中心に仕えて、政治や運営を賢く助ける人物のたとえ。


【英語】
・a wise counselor(賢明な補佐役)
・a trusted adviser(信頼される助言役)
・a capable right-hand aide(有能な右腕役)
【類義語】
・股肱の臣(ここうのしん)
・良弼(りょうひつ)
・王佐の才(おうさのさい)
【対義語】
・奸臣(かんしん)
・佞臣(ねいしん)
・逆臣(ぎゃくしん)
「阿衡の佐」の故事
この故事成語は、もとの漢文では「阿衡之佐」と書かれます。読みは「あこうのさ」が一般的で、すぐれた補佐役、ことに国や組織の中心に立つ人を賢く支える人物をさす言葉です。
この言い方がよく知られるもとになったのは、『史記(しき)』の「魏世家(ぎせいか)」です。そこでは、国が滅びへ向かう大きな流れの中で、たとえ「阿衡之佐」のような最高級の補佐役を得ても、もはやどうにもならない、という形で用いられています。
ここで大切になるのが、「阿衡」とは何かという点です。「阿衡」は、中国の殷(いん)の名高い臣である伊尹(いいん)に結びつく呼び名で、伊尹の官名とする考え方や、伊尹の号とする考え方が伝わっています。
伊尹は、殷の湯王(とうおう)を助けて、夏の桀王(けつおう)を討ち、殷王朝の成立に力を尽くした賢臣として語り継がれてきました。そのため、ただ仕えるだけの家臣ではなく、君主を正しい政治へ導く大きな力を持つ臣の代表として受け止められてきたのです。
『史記(しき)』の「殷本紀(いんほんぎ)」には、伊尹にまつわるいくつかの伝え方が書かれています。その一つでは、伊尹は湯王に近づく手がかりがなかったため、有莘氏の一行に加わって入り、鼎俎(ていそ:料理に使うかなえやまないた)を負い、味の話になぞらえながら王道を説いたとされています。
また別の伝え方では、伊尹はもともと在野の人であり、湯王が何度も招いて、ようやく仕えることになったとも語られます。伝わり方に違いはあっても、伊尹が知恵と見識をもって王を助け、国の大事を支えた人物として理解されてきた点は変わりません。
このように、伊尹は古くから理想的な補佐役の代表と考えられてきました。そこで「阿衡」という語は、単に高い位を示すだけでなく、主君のそばで国の進む道を正しく支える人物を思わせる言葉になっていきます。
そして『史記(しき)』の「魏世家(ぎせいか)」で「阿衡之佐」と書かれたことで、そのイメージはいっそうはっきりしました。つまり、この故事成語は、伊尹ほどの賢臣を手本として、抜きん出てすぐれた補佐役をほめる表現として定着していったのです。
日本でも「阿衡」という語は、のちに摂政や関白の異称として知られるようになりました。これは、伊尹がそれほどまでに、国を支える最高の臣の手本として受け取られていたことをよく示しています。
ただし、現代の「阿衡の佐」は、昔の王や宰相にだけ使う言葉ではありません。大事な場面で中心人物を支え、先を見て動き、表に立つ人が力を発揮できるように整える人物を、格調高くたたえるときにも使えます。
そのため、この故事成語のいちばん大事なところは、単なる手伝いではなく、主となる人物の力を十分に生かすほどの知恵と働きを持つ、という点にあります。「阿衡の佐」は、支える立場の尊さと重さを、古い中国の賢臣の姿に重ねて表した言葉なのです。
「阿衡の佐」の使い方




「阿衡の佐」の例文
- 生徒会長を支える副会長は、学校行事の運営における阿衡の佐であった。
- 新社長のそばで計画を立て直した専務は、まさに阿衡の佐というべき存在だ。
- 古い記録では、名君のかたわらに阿衡の佐があってこそ政が安定すると考えられた。
- 地域の祭りを立て直した会長の成功は、裏方を引き受けた阿衡の佐の働きにも負うところが大きい。
- 監督の考えをよく理解して選手をまとめる主将は、チームの阿衡の佐といえる。
- 研究室の再編を進める教授にとって、実務を整える准教授は阿衡の佐であった。























