【慣用句】
鶯鳴かせたこともある
【読み方】
うぐいすなかせたこともある
【意味】
今は年を重ねている女性が、若いころは美しく魅力があり、異性にもてはやされた時代もあったと振り返っていう表現。


【英語】
・She had many admirers in her day(若いころには多くの異性から慕われた)
「鶯鳴かせたこともある」の語源・由来
「鶯鳴かせたこともある」は、花の盛りの梅と、その枝に来て鳴く鶯との取り合わせを、人の若さや恋に重ねた表現です。梅を女性に、鶯をその女性に心を引かれる男性に見立て、かつて多くの異性を夢中にさせたことを表します。
梅と鶯を一緒に描く伝統は古く、日本最古の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』(751年成立、奈良時代)には、葛野王が白梅の花と美しく鳴く鶯とを並べた詩を残しています。この段階では、人の恋を表す言い方ではありませんが、梅と鶯を美しく調和する春の景物として味わう考えが、すでに表れています。
のちに「梅に鶯」は、風情のあるよい取り合わせや、仲のよい間柄を表す言い方として定着しました。紀海音の浄瑠璃(じょうるり)『お染久松 袂の白しぼり』(1710年・江戸時代中期)には、「梅に鶯」を、ほかの美しい取り合わせと並べた用例が出てきます。
一方、梅の実を干して作る梅干しは、表面に多くのしわがあります。その姿から、しわの寄った老女を梅干しにたとえる「梅干婆(うめぼしばば)」という言い方も生まれ、近松門左衛門の浄瑠璃『山崎与次兵衛寿の門松(やまざきよじべえねびきのかどまつ)』(1718年・江戸時代中期)に古い用例があります。
ここでは、美しく咲く若い梅の花と、しわの寄った梅干しとが、女性の若いころと年老いた姿との対照になります。この二つの梅の姿に、「梅に鶯」という古くからの取り合わせが重なり、「鶯鳴かせたこともある」という比喩が形作られました。
現在の表現に直接つながる古い用例は、河竹黙阿弥の『質庫魂入替』(1867年・江戸時代末期)に出てきます。この作品は、慶応3年2月に江戸の市村座で初演された滑稽浄瑠璃(こっけいじょうるり)です。
作中には、「今は梅干婆アであれど、花の若い時ゃ色香も深く、鶯啼かせた事もある」とあります。今は梅干しのように年老いているが、花のように若かったころには美しさと色香があり、男性たちを夢中にさせたこともあった、という意味です。
この古い用例では、「鳴」の代わりに「啼」の字を用い、「鶯啼かせた事もある」と書かれています。現在は一般に「鶯鳴かせたこともある」という表記が用いられますが、鶯を鳴かせるという比喩の骨組みは変わっていません。
ここでいう「鳴かせる」は、女性が実際に鳥を鳴かせることではありません。美しい梅が鶯を枝に留まらせるように、女性の美しさや魅力が男性を引きつけ、思いを寄せさせることを表します。
明治24年(1891)の三代目三遊亭円遊による落語『三年目の幽霊』には、「少しは鶯を鳴かしたこともございますよ」という形が出てきます。話し手は、若いころに小網町辺りの商家の番頭や息子たちから思いを寄せられたことを語っており、この時期には「鶯を鳴かす」という言い回しも用いられていました。
やがて、「梅」や「梅干婆」という前置きを伴わなくても、「鶯鳴かせたこともある」だけで、かつて異性にもてはやされたという意味が伝わるようになりました。年を重ねた女性が、娘盛りの日々を少し誇らしく振り返る、古風で機知に富んだ表現として受け継がれています。
「鶯鳴かせたこともある」の使い方




「鶯鳴かせたこともある」の例文
- 祖母は若いころの写真を見ながら、鶯鳴かせたこともあると楽しそうに笑った。
- 町一番の美人と評判だった伯母は、鶯鳴かせたこともあると娘時代を懐かしんだ。
- 鶯鳴かせたこともあるという母の言葉を、家族は冗談だと思っていたが、古い恋文が何通も残っていた。
- 同窓会で昔の写真が話題になると、彼女は鶯鳴かせたこともあると、若い日の人気ぶりを振り返った。
- 祖母が鶯鳴かせたこともあると語ると、孫たちは初めて聞く昔の恋の話に驚いた。
- 若いころは多くの人から縁談を申し込まれ、鶯鳴かせたこともあると、老婦人は静かに回想した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『懐風藻』751年。
・紀海音『お染久松 袂の白しぼり』1710年。
・河竹黙阿弥『質庫魂入替』1867年。
・三代目三遊亭円遊『三年目の幽霊』1891年。























