【故事成語】
偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず
【読み方】
えんそかわにのむもまんぷくにすぎず
【意味】
もぐらが大きな川の水を飲んでも、腹いっぱいになればそれ以上は飲めないように、人はそれぞれ自分の分に応じて満足するのがよいというたとえ。


【英語】
・Enough is as good as a feast(足りていれば、ごちそうと同じように十分である)
【類義語】
・飲河満腹(いんかまんぷく)
・偃鼠飲河(えんそいんが)
・鷦鷯深林に巣くうも一枝に過ぎず(しょうりょうしんりんにすくうもいっしにすぎず)
・知足安分(ちそくあんぶん)
「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」の故事
「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」は、中国の古典『荘子(そうじ)』「逍遥遊(しょうようゆう)」に出てくる言葉です。『荘子』は、道家思想を伝える代表的な書物で、現行本は内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇の三十三篇から成ります。
「逍遥遊」は、現行本『荘子』の内篇に属する篇です。大きなものと小さなもの、世俗の名誉と自由な生き方などを対比しながら、人が心を広くもつことを語る篇として読まれています。
この句が出てくる場面では、古代中国の伝説上の聖王である尭(ぎょう)が、許由(きょゆう)に天下を譲ろうとします。尭は、許由が立てば天下はよく治まると考え、自分が天子の位にいることを足りないもののように感じて、天下を譲りたいと告げます。
これに対して許由は、天下はすでに治まっているのに、自分が代わって天子になる必要はない、と答えます。さらに、名声は実質に付き従うものにすぎないのに、自分が名声だけを求めることになるのではないか、と考えます。
そのあと許由は、「鷦鷯巢於深林,不過一枝;偃鼠飲河,不過滿腹」と言います。これは、ミソサザイが深い林に巣を作っても使うのは一本の枝にすぎず、偃鼠が川の水を飲んでも腹いっぱいになる分を越えない、という意味です。
鷦鷯(しょうりょう)はミソサザイの別名です。深い林がどれほど広くても、小さな鳥が巣をかけるには一本の枝で足ります。
偃鼠も同じです。目の前に大きな川があっても、小さな体に入る水の量には限りがあります。どれほど多くの水があっても、腹を満たす以上には飲めません。
許由はこのたとえによって、天下という大きなものを差し出されても、自分に必要なものは限られている、と示しました。自分の分を越えた地位や名声を求めず、今のあり方で足りているという考えを、鳥と偃鼠の姿に託したのです。
この言葉は、のちに「人はそれぞれ定まった分に応じて安んずるのがよい」という意味で用いられるようになりました。原典の場面では、単なる節約のすすめではなく、名誉や大きな地位を求めすぎない生き方を表しています。
また、同じ故事から「飲河満腹」や「偃鼠飲河」という短い形も生まれました。どちらも、大きな河を前にしても満腹以上には飲めないというたとえから、分相応に満足することを表します。
「鷦鷯深林に巣くうも一枝に過ぎず」も、同じ一節から生まれた近い言葉です。深い林の中でも鳥が必要とするのは一枝だけであるという点から、人は自分の分に安んじるべきだという考えを表します。
現在の「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」は、多く持つことよりも、必要なだけで満ち足りる心を重んじる言葉として使われます。ただし、人に我慢を押しつけるためではなく、自分にとって本当に必要なものを見きわめる言葉として受け取ると、意味がよく伝わります。
「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」の使い方




「偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず」の例文
- 十分な給料で落ち着いて暮らせるのに、必要以上のぜいたくを追い求める姿を見て、偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずと思った。
- 広い家にあこがれていたが、家族で心地よく暮らせる今の住まいを思い、偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずと感じた。
- 食べ放題だからといって無理に食べ続ける必要はなく、偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずという言葉を思い出した。
- 賞をいくつもほしがるより、一つの作品を納得して仕上げることが大切だと考え、偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずを胸に刻んだ。
- 道具をたくさん買いそろえる前に、今あるものを使いこなすべきだという意味で、偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずを引いた。
- 偃鼠河に飲むも満腹に過ぎずというように、必要な量を知ることは、穏やかに暮らすための知恵でもある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『荘子』戦国時代。
・HarperCollins Publishers, 『Collins Easy Learning Idioms Dictionary』。























