【故事成語】
己を舎てて人に従う
【読み方】
おのれをすててひとにしたがう
【意味】
自分のよくない考えやこだわりを捨て、他人の優れた意見や行いを進んで取り入れること。


【類義語】
・己を虚しゅうす(おのれをむなしゅうす)
【対義語】
・我を張る(がをはる)
「己を舎てて人に従う」の故事
この言葉のもとになった「舍己從人」は、『孟子(もうし)』「公孫丑上(こうそんちゅうじょう)」に出てきます。『孟子』は、中国・戦国時代に活躍した孟子の言行を弟子たちがまとめた書物で、この章では、人の善いところを受け入れ、自分を高める姿勢が語られています。
孟子はまず、孔子の弟子である子路(しろ)が、他人から自分の過ちを教えられると喜んだことを挙げます。続いて、古代中国の聖王である禹(う)が、善い言葉を聞くと敬意を表して礼をしたことを述べます。
そのうえで孟子は、舜(しゅん)には二人を上回る大きな徳があったとたたえます。原文には「善與人同、舍己從人、樂取於人以爲善」とあり、舜は、善を自分一人のものにせず、自分のよくない考えを捨て、他人の善いところを喜んで取り入れたという意味です。
舜は、畑を耕し、穀物を育て、土器を作り、魚を捕る暮らしから帝になるまで、周囲の人々から善い知恵や行いを学び続けたと、『孟子』は記します。孟子は、他人の善を自分のものとして実行すれば、相手もまた善を行うよう励まされるので、これを「人と善をなす」ことだと説きます。
南宋の儒学者である朱熹は、「舍己從人」について、自分の考えが善くなければ執着せずに捨て、他人に善いところがあれば、進んで自分のものにすることだと解きました。したがって、ここでいう「人に従う」は、自分で考えることをやめ、相手の言いなりになることを意味しません。
同じ「舍己從人」は、今日伝わる『書経(しょきょう)』「大禹謨」にも出てきます。そこでは、多くの人の意見を聞いて自分の考えを退け、人の優れた意見に従うことが、頼る者のない人を苦しめず、困窮した人を見捨てないこととともに、優れた君主の徳として並べられています。
原文の「舍」は、日本で用いる「舎」の旧字に当たり、この場合は家や建物ではなく、「置く」「やめる」、さらに「捨てる」に通じる意味を表します。また、「從」は現在の「従」に当たるため、「舍己從人」は、日本語で「己を舎てて人に従う」と読み下します。
江戸時代には、伊藤仁斎の『童子問(どうじもん)』(1707年・江戸時代前期)にも、「己を舎てて人に従うを以て志しと為べし」と記されています。仁斎は、自分の誤りを直してもらうことを喜び、知らないことを人に尋ね、優れた考えを恥じずに受け入れる学びの姿勢として、この言葉を用いました。
このように、「己を舎てて人に従う」は、舜が他人の善を喜んで取り入れた姿をもとに、自分の考えだけに固執しないことの大切さを説く故事成語として伝わっています。自分をすべて否定するのではなく、何が善く、何が正しいかを見分けたうえで、他人の優れたところを素直に学ぶ態度を示す言葉です。
「己を舎てて人に従う」の使い方




「己を舎てて人に従う」の例文
- 学級新聞の配置について、編集係は己を舎てて人に従う姿勢で、最も読みやすい案を採用した。
- 父は料理の手順を間違えたと気づき、己を舎てて人に従うつもりで、祖母の助言を受け入れた。
- 監督は若い選手の分析が正しいと認め、己を舎てて人に従うことで試合の作戦を改めた。
- 地域の防災計画では、責任者が己を舎てて人に従う態度を示し、住民の優れた提案を取り入れた。
- 研究チームの主任は己を舎てて人に従うことを恐れず、部下が考えた新しい方法を実験に採用した。
- 友人の忠告に道理があると分かり、彼は己を舎てて人に従う心で、自分の軽率な判断を改めた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・『孟子』戦国時代。
・朱熹『四書章句集注』南宋。
・『尚書』「大禹謨」。
・伊藤仁斎『童子問』1707年。























