【ことわざ】
負わず借らずに子三人
【読み方】
おわずからずにこさんにん
【意味】
人に頼ったり借金をしたりせず、三人ほどの子どもに恵まれた家庭が、平穏で幸福だということ。


【類義語】
・足らず余らず子三人(たらずあまらずこさんにん)
・三人子持ちは笑うて暮らす(さんにんこもちはわろうてくらす)
「負わず借らずに子三人」の語源・由来
「負わず借らずに子三人」は、借金や人への借りがなく、三人ほどの子どもに恵まれた家庭を、平和で幸福な暮らしとして表したことわざです。大きな富や高い地位ではなく、生活に困らず、家族がそろって穏やかに暮らせることを、庶民にとっての身近な幸福として言い表しています。
「負う」には、古くは、借金をするという意味があります。また、恩義を受けて他人に借りを作るという意味にも通じます。「負わず」と「借らず」を重ねることで、金銭にも人の助けにも頼りきらず、自分たちの力で暮らしている状態を強く表したのです。
「子三人」の部分には、子どもが多すぎも少なすぎもせず、三人ほどいる家庭が理想的だという、昔の人々の考えが表れています。「足らず余らず子三人」や「三人子持ちは笑うて暮らす」といった類義語にも、三人の子を家庭の喜びや安定と結び付ける発想が共通しています。
古い用例は、浮世草子(うきよぞうし)『女敵高麗茶碗』(1717年・江戸時代中期)に出てきます。作中には、「世のたとへのごとく、おはずからずに子三人、常住月夜と願のごとく」とあります。借金がなく、三人の子がいて、いつも月夜のように明るく穏やかであることを、願いどおりの幸福な暮らしとして表しています。
ここでいう「常住月夜(じょうじゅうつきよ)」は、いつも月が出て明るい夜であることから、世の中が絶えず明るく平穏であれば申し分がないという意味です。「負わず借らずに子三人」は、もともと、このような災いや心配のない暮らしを願う言葉と並べて使われていました。
『風狂文草』(1745年・江戸時代中期)には、「世の中はいつも月夜に米の飯負はず借らずに子なら三人」とあります。夜はいつも明るい月夜で、食事には白い米の飯があり、借金をせず、子どもが三人いるという、当時の人々が思い描いた満ち足りた生活が、一続きの言葉になっています。
この用例では、豪華な屋敷や多くの財産ではなく、夜道を照らす月、毎日の米の飯、借金のない家計、家族の存在が、幸福の条件として並んでいます。日々の暮らしに不安がなく、必要なものがほどよくそろっていることを何よりの幸せとする、庶民らしい願いが表れています。
浄瑠璃(じょうるり)『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』(1749年・江戸時代中期、竹田出雲・三好松洛・並木千柳作)にも、「負はず借らずに嫁ともに子三人」とあります。母親が、家族がそろった借りのない暮らしを思い描き、「わしほど果報な身の上はまたと世界にあるまい」と喜ぶ場面で使われています。
このように、江戸時代には、「負わず借らずに子三人」が、月夜や米の飯、家族の団らんなどと結び付き、暮らしの安定を表す言葉として使われていました。その後、長い言い回しの一部分が独立し、借金がなく、子どもにも恵まれた平和な家庭を表す、現在のことわざとして定着しました。
ただし、子どもは必ず三人いるのがよいと、現在の家庭の形を決め付ける言葉ではありません。昔の人々が、借金のない安定した暮らしと家族のにぎわいを、ささやかな幸福として思い描いたことを伝えることわざです。
「負わず借らずに子三人」の使い方




「負わず借らずに子三人」の例文
- 祖父は借金を返し終え、三人の子も無事に育った自分の暮らしを、負わず借らずに子三人だと喜んだ。
- 負わず借らずに子三人は、江戸時代の庶民が思い描いた家庭の幸福を表す言葉だ。
- 夫婦はつつましく働き、負わず借らずに子三人という穏やかな生活を送った。
- 古い芝居には、負わず借らずに子三人を果報な身の上として喜ぶ場面が出てくる。
- 郷土史の先生は、負わず借らずに子三人から昔の家族観を読み取った。
- 負わず借らずに子三人という言葉には、富よりも安定した暮らしを願う心が表れている。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・『女敵高麗茶碗』1717年。
・『風狂文草』1745年。
・竹田出雲・三好松洛・並木千柳『双蝶々曲輪日記』1749年。























