【ことわざ】
親の甘茶が毒となる
【読み方】
おやのあまちゃがどくとなる
【意味】
親が子供を甘やかして育てると、長い目で見ればその子のためにならず、かえって害を及ぼすということ。


【英語】
・Spare the rod and spoil the child(子を正しく戒めなければ、子をだめにする)
【類義語】
・親の甘いは子に毒薬(おやのあまいはこにどくやく)
「親の甘茶が毒となる」の語源・由来
「親の甘茶が毒となる」の「甘茶」は、甘い味の飲み物を、親の甘すぎる扱いに重ねた表現です。ここでいう「毒」は、飲み物そのものの性質ではなく、子供を甘やかした結果として、将来その子に生じる害を表しています。
本来の甘茶(あまちゃ)は、アマチャなどの葉を乾燥させ、煎じて作る甘い飲み物です。『多聞院日記(たもんいんにっき)』(1478〜1618年・室町時代後期から江戸時代初期、多聞院の僧侶たちによる日記)の1589年の記事には「甘茶一袋引之」とあり、『醒睡笑(せいすいしょう)』(1628年・江戸時代前期、安楽庵策伝著)にも、若者が甘茶を望んで多く飲む場面が出てきます。
やがて「甘茶」は、飲み物だけでなく、考え方や扱い方が甘く、手ぬるいことを表す言葉としても使われました。人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)『糸桜本町育(いとざくらほんちょうそだち)』(1777年・江戸時代中期、紀上太郎著)には、「あまちゃな母者人」とあり、物事を甘く考える母親を指しています。親の甘い態度を「甘茶」で表す言い方が、江戸時代にはすでに成り立っていたことが分かります。
一方、親が子供を甘やかすことへの戒めは、それよりはるかに古い文献にも記されています。『十訓抄(じっきんしょう)』(1252年・鎌倉時代成立)には、「愚かなるたぐひ、親のあまやかし、乳母(めのと)のもてなすにしたがひて〈略〉なりたたん末の事も弁へぬ也」とあります。親や乳母に甘やかされた者は、将来、自分がどのように身を立てるかも考えられなくなる、という教えです。
さらに、『史記抄(しきしょう)』(1477年・室町時代中期、桃源瑞仙著)には、「慈母が子をあまやかいて、むざうがるは、子の毒ぞ」とあります。「むざうがる」は、かわいそうに思い、いとしんでかわいがることです。子を思う母親であっても、度を越して甘やかすことは、かえって子の毒になると、現在のことわざにきわめて近い考えを述べています。
この『史記抄』の用例では、「甘やかす」と「子の毒」が、すでに一続きの教訓として結び付いています。その後、「甘茶」が手ぬるい態度を指す言葉としても用いられるようになり、「親の甘やかしは子の毒になる」という古い教えが、「親の甘茶が毒となる」という、甘さと毒を対照させた簡潔な形にまとまったと考えられます。
同じ教えを、「親の甘いは子に毒薬」と言い表すこともあります。「甘茶」と「毒」、「甘い」と「毒薬」というように、どちらも、一見やさしく心地よい扱いが、長い目で見ると子供を損なうおそれがあることを、強い対照によって示しています。
このことわざが戒めるのは、親が子供に愛情を注ぐことではありません。子供が自分でできることまで代わって行い、誤った行動も何でも許してしまうような、成長を妨げる甘やかしです。目先では子供を喜ばせる「甘茶」であっても、将来、自分で考え、我慢し、責任を負う力を奪えば、「毒」となるという教えです。
「親の甘茶が毒となる」の使い方




「親の甘茶が毒となる」の例文
- 忘れ物のたびに親が学校へ届けていては、親の甘茶が毒となるおそれがある。
- 祖母は、欲しがる物を何でも買い与える父に、親の甘茶が毒となると注意した。
- 親の甘茶が毒となるという考えから、母は子供自身に失敗の後始末をさせた。
- 少年野球の監督は、親の甘茶が毒となるので、子供の試合結果に親が口を出しすぎてはいけないと話した。
- 家業を継いだ息子が困難に耐えられない姿を見て、父は親の甘茶が毒となることを思い知った。
- 親の甘茶が毒となるとは、目先の優しさが必ずしも子供の将来のためになるとは限らないという戒めである。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・Cambridge University Press, Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus.
・『十訓抄』1252年。
・桃源瑞仙『史記抄』1477年。
・多聞院英俊ほか『多聞院日記』1478〜1618年。
・安楽庵策伝『醒睡笑』1628年。
・紀上太郎『糸桜本町育』1777年。























