【故事成語】
渇すれども盗泉の水を飲まず
【読み方】
かっすれどもとうせんのみずをのまず
【意味】
どんなに困り苦しんでいても、不正や不義に少しも関わらず、身を慎むこと。


【類義語】
・悪木盗泉(あくぼくとうせん)
・鷹は餓えても穂を摘まず(たかはうえてもほをつまず)
・武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ)
【対義語】
・背に腹は代えられぬ(せにはらはかえられぬ)
「渇すれども盗泉の水を飲まず」の故事
「渇すれども盗泉の水を飲まず」は、中国の孔子にまつわる伝説と、西晋(せいしん)の文学者・陸機の詩「猛虎行(もうここう)」に由来する故事成語です。現在は「渇しても盗泉の水を飲まず」という形でも広く用いられ、困窮しても不正に近づかないことを表します。
「盗泉(とうせん)」は、中国山東省の泗水県の東北にあった泉の名です。孔子がその名を悪いものとして忌み、のどが渇いても飲まなかったという話によって知られています。
もとの話では、孔子が旅の途中で「盗泉」という泉のそばを通りかかります。孔子はのどが渇いていましたが、「盗」という名を嫌い、その泉の水を飲まなかったと伝わります。
この伝説は、たとえ名だけであっても、悪いものに近づくことを避けるという厳しい節操を表しています。水そのものが盗んだ水だという意味ではなく、「盗泉」という名が、人の身を汚すものを思わせるために避けた、というところに話の重みがあります。
この故事を詩の言葉として強く印象づけたのが、陸機の「猛虎行」です。陸機は261年から303年に生きた中国西晋の文学者で、字を士衡といい、詩や賦にすぐれた作品を残しました。
「猛虎行」は、南朝梁(りょう)の昭明太子が編んだ『文選(もんぜん)』(530年ごろ成立)巻二十八にも収められています。『文選』は、周から梁にいたる詩文を集めた、中国の代表的な詩文選集です。
「猛虎行」の冒頭には、「渴不飲盜泉水,熱不息惡木陰」とあります。これは、「のどが渇いても盗泉の水は飲まず、暑くても悪木の陰では休まない」という意味です。
同じ箇所の注には、『尸子』の言葉として、孔子が勝母に着いても泊まらず、盗泉を過ぎてのどが渇いても飲まず、その名を悪んだからだ、という内容が引かれています。ここでは、地名や物の名が人の心に与える影響まで慎む態度が示されています。
また、『淮南子(えなんじ)』「説山訓(せつざんくん)」には、「曾子立廉,不飲盜泉;所謂養志者也」とあります。これは、曾子が廉潔の志を立てて盗泉の水を飲まなかったことを、志を養う行いとして述べたものです。
このように、盗泉の話は、孔子に関する伝説として語られ、また曾子の節操を示す例としても用いられました。どちらの場合も、単に水を飲まない話ではなく、苦しいときにも心を汚さない態度を表しています。
日本語では、陸機の句を訓読する形から、「渇しても盗泉の水を飲まず」「渇すれども盗泉の水を飲まず」という形で受け入れられました。近世には浄瑠璃『雪女五枚羽子板』(1708年・江戸時代中期)に「かっしても盗泉の水を飲まずとは義者のはづる所」という用例が出てきます。
「飲まず」を「食わず」「くらわず」とする異形もあります。これは、水を飲むという具体的な場面から、悪いものを受け入れないという広い意味へ移ったことを示す言い換えです。
現在の「渇すれども盗泉の水を飲まず」は、生活に困る、立場が苦しい、利益がほしいといった場面でも、不正な金品や不義な助けには手を出さないという意味で使います。苦しさよりも節操を重んじる、きびしくも清らかな心がまえを表す故事成語です。
「渇すれども盗泉の水を飲まず」の使い方




「渇すれども盗泉の水を飲まず」の例文
- 生活に困っても、渇すれども盗泉の水を飲まずの心で、不正な金には手を出さない。
- 彼は昇進のためにうその報告を勧められたが、渇すれども盗泉の水を飲まずと断った。
- 店の売り上げが落ちても渇すれども盗泉の水を飲まず、品質をごまかすことはしなかった。
- 試合に勝ちたいからといって反則をするのは、渇すれども盗泉の水を飲まずの精神に反する。
- 友人は苦しい立場でも賄賂を受け取らず、渇すれども盗泉の水を飲まずを貫いた。
- 渇すれども盗泉の水を飲まずという言葉は、困ったときほど人の誠実さが問われることを教える。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・昭明太子蕭統編『文選』530年ごろ。
・陸機「猛虎行」西晋。
・劉安編『淮南子』前漢。























