【ことわざ】
鐘も撞木の当たり柄
【読み方】
かねもしゅもくのあたりがら
【意味】
相手への接し方によって、相手の反応も変わるということ。また、人は連れ添う相手によって、よくも悪くもなるということ。


【類義語】
・魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ)
「鐘も撞木の当たり柄」の語源・由来
「鐘も撞木の当たり柄」の「鐘」は、寺院などにある、つり下げて打ち鳴らす鐘を指します。「撞木(しゅもく)」は、その鐘をつくために使う棒で、鉦(かね)や磬(けい)を打つ丁字形の道具も、同じ名で呼びます。
鐘は、撞木をどの場所に、どのような強さや角度で当てるかによって、音の響き方が変わります。ことわざの「当たり柄」は、この撞木の当たり具合や当て方を表しています。
この具体的な関係を人と人との間に移したものが、「鐘も撞木の当たり柄」というたとえです。同じ人であっても、乱暴に接すれば反発し、思いやりをもって接すれば穏やかに応じることがあるため、相手の反応は、接する側の態度にも左右されると説いています。
また、このことわざには、夫や妻など、連れ添う相手によって、人がよくも悪くもなるという意味もあります。鐘だけで音が決まるのではなく、それを打つ撞木との組み合わせによって響きが変わることを、互いに影響し合う二人の関係に重ねています。
古い用例は、洒落本(しゃれぼん)『多荷論(おせわろん)』(1780年・江戸時代、田螺金魚著)に出てきます。洒落本は、江戸時代の遊里を主な舞台とし、客と遊女のやり取りを、会話を中心に描いた読み物です。
『多荷論』には、「只けいせいはこっちしだい、かねはしゅもくのあたりがら」とあります。「けいせい」は、この文脈では遊女を指し、遊女がどのように応じるかは、客の接し方しだいであるという意味で用いています。
この用例では、すでに鐘を鳴らす実際の動作を述べるのではなく、人間関係を表すたとえとして使っています。相手の態度だけを一方的に問題にするのではなく、こちらの振る舞いによって相手の応じ方も変わるという教えが、江戸時代にはすでに、ことわざとして定着していたことが分かります。
古い本文では、「かねはしゅもくのあたりがら」と仮名で書かれていますが、現在は「鐘も撞木の当たりがら」などと表記します。「かねは」が「鐘も」となる形もありますが、鐘の響きは撞木の当て方しだいだという比喩の骨組みは共通しています。
やがて用法は、遊女と客の関係に限らず、親子、友人、仕事仲間など、人と人との関係全般へと広がりました。相手から望ましい反応を得たいなら、まず自分の言葉や態度を整える必要があるという戒めとして使われています。
「鐘も撞木の当たり柄」は、人の性質が、相手だけによって決まると言い切る言葉ではありません。鐘の響きと撞木の当たり方との関係を通して、人間関係は一方だけで作られるものではなく、互いの接し方によって変化することを教えることわざです。
「鐘も撞木の当たり柄」の使い方




「鐘も撞木の当たり柄」の例文
- 先生は、注意の言葉をやわらかく伝えると生徒が素直に聞いたのを見て、鐘も撞木の当たり柄だと思った。
- 友人が冷たいと決めつける前に、鐘も撞木の当たり柄というように、自分の話し方を振り返った。
- 父は弟を頭ごなしに叱らず、鐘も撞木の当たり柄を心に留めて、まず理由を尋ねた。
- 長く連れ添う二人を見ていると、鐘も撞木の当たり柄という言葉どおり、互いに与える影響の大きさが分かる。
- 部長は鐘も撞木の当たり柄と考え、命令するだけでなく、部下の意見を丁寧に聞いた。
- 店員の穏やかな応対に客も笑顔を返し、鐘も撞木の当たり柄を思わせる場面となった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・田螺金魚『多荷論』1780年。























