【故事成語】
上を学ぶ下
【読み方】
かみをまなぶしも
【意味】
下の者は、上に立つ者の行いや好みをまねるものだということ。


【英語】
・Example is better than precept.(教えを説くより、手本を示すほうがよく伝わる)
【類義語】
・上行下効(じょうこうかこう)
「上を学ぶ下」の故事
「上を学ぶ下」は、中国の古典『礼記(らいき)』の「緇衣(しい)」にある教えにもとづきます。『礼記』は、周の末から秦・漢の時代にかけて語られた礼についての説を集めた全四十九編の書物で、前漢の戴聖が整えたと伝わります。
ここでいう「礼」は、儀式の作法だけではありません。人が社会の中で守るべき秩序や、君主・家臣・親子などが、それぞれの立場にふさわしく行動するための規範を広く表します。
「緇衣」には、孔子の言葉として、「下の者が上の者に仕えるとき、その命令に従うのではなく、その行いに従う」という趣旨の一節があります。人は、耳で聞いた指示よりも、目の前で実際に行われていることをまねやすいと説いています。
続いて、「上好是物、下必有甚者矣」とあります。上に立つ人がある物事を好めば、下の者の中には、それを上の人以上に好み、熱心に行う者が必ず現れるという意味です。
古い注釈では、この「甚だし」を「君主よりも甚だしい」と解いています。上の者が示したわずかな好みや振る舞いでも、下へ伝わるうちに、さらに強く、大きくなることがあるのです。
そのため、「緇衣」は、上に立つ者が自分の好悪を慎まなければならないと説きます。上の者は、人々が行動を決めるときの手本であり、その姿に従う下の者は、影が物の形を追うようなものだという考えです。
「上を学ぶ下」という日本語の形は、この長い教えを簡潔にまとめたものです。ここでの「学ぶ」は、学問を身につけることだけではなく、上の人を手本として、その行動や好みをまねることを表します。
この影響は、悪い行いに限りません。「緇衣」は、古代の聖王である禹(う)が位について三年たつと、人々が仁を行うようになったと述べ、上の者が仁を好めば、下の者も先を争って仁を行うと説いています。
つまり、上の者が正しく誠実に行動すれば、その姿は下の者にとっても良い手本となります。反対に、上の者が怠けたり、不正を軽く考えたりすれば、その悪い態度も周囲へ広がり、さらに大きな弊害を生むおそれがあります。
日本語の古い用例には、惟高妙安の『玉塵抄(ぎょくじんしょう)』(1563年・室町時代後期)があります。そこでは、夏の桀王と殷の紂王が道に外れた暴君であったため、「上をまなぶ下」で、民まで悪に染まったという意味で使われています。
桀王と紂王は、ともに古代中国を代表する暴君として語り継がれた人物です。この用例は、悪い政治を行う君主の姿を民がまねるという戒めの意味を、はっきりと示しています。
一方、江戸時代初期成立の軍記物『異本小田原記(いほんおだわらき)』では、太田資正が日頃から武芸や軍略に励んだため、家臣たちも武勇を好んだという場面に、「上を学ぶ下なれば」とあります。ここでは、優れた手本が下の者へ良い影響を与えるという意味で使われています。
このように、「上を学ぶ下」は、上に立つ人の姿勢が、良くも悪くも周囲へ広がることを表します。人を導く立場にある者は、言葉で命じるだけでなく、まず自分の行動によって手本を示さなければならないという教えです。
「上を学ぶ下」の使い方




「上を学ぶ下」の例文
- 父が毎朝ていねいに近所へあいさつするため、子どもたちもそれにならい、上を学ぶ下となった。
- 部長が時間を守らなければ、部員まで遅刻を軽く考えるようになり、上を学ぶ下の悪い例となる。
- 校長が率先して校庭を掃除したところ、児童も進んで手伝い、上を学ぶ下という言葉どおりになった。
- 経営者が安全を最優先にしたことで、社員にもその姿勢が根づき、上を学ぶ下の良い結果が表れた。
- 親が読書を楽しむ家庭では、子どもも本に親しみやすく、上を学ぶ下を実感させる。
- 指導者は上を学ぶ下を忘れず、言葉と行動が食い違わないよう心掛ける必要がある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・Jennifer Speake編『The Oxford Dictionary of Proverbs Sixth Edition』Oxford University Press,2015.
・『礼記』前漢。
・惟高妙安『玉塵抄』1563年。
・黒川真道編『異本小田原記』国史研究会、1914年。























