【故事成語】
強弩の極魯縞を穿つ能わず
【読み方】
きょうどのすえろこうをうがつあたわず
【意味】
どれほど強いものでも、勢いを使い果たして衰えれば、容易なことさえ成し遂げられなくなることのたとえ。特に、強国や英雄などが力を失った末路をいう。


【英語】
・a spent force.(かつての力や影響力を失った人や集団)
【類義語】
・強弩の末(きょうどのすえ)
【対義語】
・破竹の勢い(はちくのいきおい)
「強弩の極魯縞を穿つ能わず」の故事
「強弩」は、機械仕掛けで矢を放つ強力な弓を指します。「極」は、ここでは矢が飛んでいく射程の果てという意味です。「魯縞(ろこう)」は、古代中国の魯の国で作られた薄い白絹で、わずかな力でも破れそうなほど薄いもののたとえに用いられました。つまり、この言葉は、強い弩から放たれた矢でも、遠くまで飛んで勢いが尽きれば、薄い絹さえ貫けないという情景を表しています。
もとになった言葉は、『史記(しき)』(紀元前1世紀・前漢、司馬遷著)巻百八「韓長孺列伝」に出てきます。原文には、「且彊弩之極、矢不能穿魯縞。衝風之末、力不能漂鴻毛。非初不勁、末力衰也」とあります。強い弩から放たれた矢も、射程の果てでは魯縞を貫けず、激しい風も、吹き終わるころには軽い羽毛さえ動かせません。それは、初めから力がなかったのではなく、最後には力が衰えたためだ、という意味です。
この言葉を述べたのは、前漢の武帝に仕えた韓安国です。当時、北方の遊牧民族である匈奴(きょうど)が漢へ和平を申し入れたため、朝廷では、その申し入れを受け入れるか、兵を出して攻撃するかについて議論が行われました。辺境の事情をよく知る王恢は、匈奴はたびたび約束を破るとして、和平を拒み、攻撃するよう主張しました。
これに対して、韓安国は、遠く離れた地で戦うことの不利を説きました。漢軍が数千里もの道を進めば、人も馬も疲れ果てますが、匈奴は十分に力を保ったまま待ち受けることができます。そのような遠征軍は、初めは強くても、敵地へ着くころには、力を使い果たした矢と同じだと述べたのです。
韓安国は、強い弩の矢とともに、激しい風のたとえも挙げています。どれほど激しく吹く風でも、勢いが尽きるころには、羽毛一枚を浮かせる力さえありません。この二つのたとえによって、もともとの強さだけで勝敗を考えるのではなく、長い移動や戦いによる力の消耗を見なければならないと訴えました。多くの大臣が韓安国の意見に賛成し、武帝は匈奴との和平を認めました。
『史記』の原文では、「彊弩之極、矢不能穿魯縞」と記されています。「彊」は「強」と同じ意味であり、「極」は射程の果て、「穿」は貫き通すことを表します。日本語の「強弩の極魯縞を穿つ能わず」は、この一節をもとに、「強い弩の矢も、飛び尽くした先では魯縞を貫くことができない」という形にした言い方です。
後漢時代に班固らが編んだ『漢書(かんじょ)』「韓安国伝」では、「彊弩之末、力不能入魯縞」と記されています。『史記』の「極」が「末」に、「矢」が「力」に、「穿」が「入」に変わっていますが、矢が飛び終わるころには力を失うという内容は同じです。この「彊弩之末」から、現在も用いられる短い形である「強弩の末」が定着しました。
さらに、『三国志(さんごくし)』(3世紀末・西晋、陳寿著)「諸葛亮伝」には、「彊弩之末、勢不能穿魯縞」とあります。諸葛亮は、長い距離を急いで進んできた曹操の軍勢は疲れ切っており、強弩の矢が射程の果てで力を失った状態と同じだと、孫権に説きました。ここでは、韓安国が遠征を避けるために用いたたとえが、疲れた敵軍の弱点を示す言葉として使われています。
日本では、「強弩の末魯縞に入る能わず」「強弩の末魯縞を穿つ能わず」などの形でも用いられました。『文明東漸史』(明治17年、藤田茂吉著)の自序には、「所謂強弩の末勢魯縞を貫く能はざる者」とあり、明治時代には、かつての勢力を失ったものを表す言葉として使われていました。
この故事成語が表すのは、初めから弱いものではありません。かつては圧倒的な力をもっていた国や組織、人物などが、長い活動や無理な行動によって力を使い果たし、最後には簡単なことさえできなくなる様子です。もともとの強さだけでなく、今、どれほどの力が残っているかを見極める大切さを教える言葉です。
「強弩の極魯縞を穿つ能わず」の使い方




「強弩の極魯縞を穿つ能わず」の例文
- 長い遠征で兵士も馬も疲れ果てた軍勢は、強弩の極魯縞を穿つ能わずの状態に陥った。
- 前半から主力選手を使い続けたチームは、決勝戦で強弩の極魯縞を穿つ能わずとなった。
- 急成長を遂げた会社も資金と人材を使い果たし、強弩の極魯縞を穿つ能わずという状況を迎えた。
- かつて権勢を誇った一族も、後継者を失って強弩の極魯縞を穿つ能わずの末路をたどった。
- 休みなく練習を続ければ、大切な本番で強弩の極魯縞を穿つ能わずになりかねない。
- どれほど勢いのある計画でも、無理に進め続ければ強弩の極魯縞を穿つ能わずとなる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・Oxford University Press, Oxford Advanced Learner’s Dictionary.
・司馬遷『史記』紀元前1世紀。
・班固ら編『漢書』1世紀。
・陳寿『三国志』3世紀末。
・藤田茂吉『文明東漸史』1884年。























