【故事成語】
恭なれば則ち患に遠ざかる
【読み方】
きょうなればすなわちかんにとおざかる
【意味】
人に対して礼儀正しく、慎み深く振る舞えば、災いや心配事を遠ざけられるという教え。


【類義語】
・恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる(きょう、れいにちかづけばちじょくにとおざかる)
「恭なれば則ち患に遠ざかる」の故事
「恭なれば則ち患に遠ざかる」は、中国の儒書『孔子家語(こうしけご)』「賢君」に出てくる「恭則遠於患」を訓読した言葉です。『孔子家語』は、孔子の言行や、孔子と弟子たちとの問答などを集めた書物で、現行本は十巻四十四編から成ります。現在伝わる形は、中国・三国時代の魏の学者である王粛がまとめたものとされ、王粛による偽作とする見方も長く行われてきました。
この言葉が出てくるのは、孔子の弟子である顔淵(がんえん)が、宋(そう)の国へ旅立とうとした場面です。顔淵は顔回(がんかい)とも呼ばれ、学問と徳行に優れ、孔子が深く信頼した弟子でした。顔淵は出発に先立ち、孔子に「何以為身」、つまり、どのような心構えで身を立てればよいでしょうか、と尋ねました。
孔子は、その問いに対して、「恭・敬・忠・信」の四つを守ればよいと答えました。そして、最初に「恭則遠於患」と述べました。これは、相手を敬い、自分の言葉や行いを慎む人は、災いや面倒な争いから遠ざかる、という意味です。
ここでいう「恭」は、ただ深く頭を下げたり、相手にへつらったりすることではありません。人を軽んじず、出しゃばらず、言葉と態度を丁寧に整えることを表します。そのような振る舞いを続ければ、不用意な一言で相手を怒らせたり、傲慢な態度から争いを招いたりする危険が少なくなる、という教えです。
孔子の言葉は、「敬則人愛之、忠則和於衆、信則人任之」と続きます。敬う心があれば人から愛され、誠実であれば周囲と調和し、信義があれば仕事や役目を任せてもらえる、という意味です。さらに、この四つに励めば、自分一人の身を整えるだけでなく、国を治めることさえできると説いています。
したがって、「患に遠ざかる」とは、礼儀正しくしていれば、病気や天災など、あらゆる不幸が起こらなくなるという意味ではありません。人への接し方を慎み、自分から争いや恨みの原因を作らなければ、人間関係から生じる災いを避けやすくなる、という教えです。顔淵が旅立つ前に身の処し方を尋ねた場面で語られたことからも、日々の振る舞いを整えるための心得であることが分かります。
この一節は、後に、中国の古典から教訓や格言を集めた『明心宝鑑(めいしんほうかん)』(1393年序、范立本編)にも収められました。『明心宝鑑』では、「恭則遠於患、敬則人愛之、忠則和於衆、信則人任之」という一続きの教えとして採られ、身を修め、人と円満に交わるための格言として受け継がれました。
日本では、江戸時代中期の語学書『唐話纂要(とうわさんよう)』(1716年初刊、岡島冠山編)にも、この一節が中国語の格言として収められています。『唐話纂要』は、中国語の語句や会話、格言とその意味を学ぶための書物であり、「恭則遠於患」を含む教えは、日本で中国の言葉を学ぶ人々にも伝えられました。
原文の「則」は「すなわち」、「遠於患」は「患に遠ざかる」と訓読され、「恭なれば則ち患に遠ざかる」という形になりました。現在では、礼儀と慎みを守ることが自分の身を助け、余計な争いや心配を防ぐという教えを表す言葉として用いられています。
「恭なれば則ち患に遠ざかる」の使い方




「恭なれば則ち患に遠ざかる」の例文
- 祖父は、恭なれば則ち患に遠ざかると教え、だれに対しても礼を尽くした。
- 恭なれば則ち患に遠ざかるという言葉を心に留め、転校先では丁寧なあいさつを心掛けた。
- 父は兄弟げんかを止め、恭なれば則ち患に遠ざかるのだから、互いに言葉を慎むよう諭した。
- 恭なれば則ち患に遠ざかるを座右の銘とする店主は、苦情にも落ち着いて礼儀正しく応じた。
- 地域の会合では、恭なれば則ち患に遠ざかるという姿勢で、異なる意見にも敬意を払った。
- 外交の場でも、恭なれば則ち患に遠ざかるという教えに通じる慎重な言動が求められる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・王粛注『孔子家語』三国時代。
・范立本編『新刊大字明心宝鑑』1393年序、1454年跋。
・岡島冠山編『唐話纂要』出雲寺和泉掾、1718年。
・『論語』























