【故事成語】
驥をして鼠を捕らしむ
【読み方】
きをしてねずみをとらしむ
【意味】
すぐれた才能をもつ人の使い道を誤り、その能力を十分に発揮できない仕事に就かせること。


【類義語】
・牛刀をもって鶏を割く(ぎゅうとうをもってにわとりをさく)
【対義語】
・適材適所(てきざいてきしょ)
「驥をして鼠を捕らしむ」の故事
「驥をして鼠を捕らしむ」のもととなる言葉は、『荘子(そうじ)』(中国・戦国時代に形づくられた道家の書)の外篇「秋水」に出てきます。『荘子』は、紀元前4世紀ごろの思想家である荘周と、その後の人々に関わる文章を集めた書物です。
「秋水」では、黄河の神が北海の神に、物の貴さと卑しさ、大きさと小ささを、どのように見分ければよいのかと尋ねます。北海の神は、物の価値は見る立場や役目によって変わり、一定の基準だけで決められるものではないと説きます。
その教えを示す例の一つが、「騏驥驊騮、一日而馳千里、捕鼠不如狸狌、言殊技也」という一節です。騏驥や驊騮のような名馬は、一日に千里を走れますが、鼠を捕ることでは小さな獣に及ばず、それぞれ得意とする技が異なるという意味です。
この一節の前後には、城壁を突き破る大木も、小さな穴を塞ぐには向かないことや、夜には細かなものまで見分けられる鳥が、昼には丘さえ見えないことも挙げられています。道具にも動物にも、それぞれに適した働きや性質があり、一つの能力だけを見て、あらゆる場面で優れているとは決められないと説いているのです。
したがって、原典の教えは、単に「優秀な人をつまらない仕事に使ってはならない」ということだけではありません。どれほど優れたものにも不得意なことがあり、役目が変われば評価も変わるという、より広い考えを表しています。
前漢の劉向が編んだ説話集『説苑(ぜいえん)』巻十七「雑言」には、現在の表現にいっそう近い話が収められています。『説苑』は、君主への教えとなる故事や伝説を、二十の部門に分けて集めた書物です。
その一つでは、西閭過という人物が川を渡る途中で溺れ、船頭に助けられます。諸侯を説得しに行くと話す西閭過を、船頭は、自分の命さえ救えない者に諸侯を説得できるのかと笑いました。
西閭過は、宝玉も、糸を紡ぐ道具としては瓦に劣り、名剣も、履物を直すには安い錐に劣ると答えます。そして、一日に千里を走る名馬も、鼠を捕らせれば猫に及ばないと述べ、舟を操ることでは船頭が優れていても、諸侯を説得することでは自分のほうが優れていると説き返しました。
同じ巻にある甘戊の話でも、船頭から弁舌の力を疑われた甘戊が、「物各有短長」と答えます。さらに、名馬を部屋に置いて鼠を捕らせても、小さな猫に及ばないという意味の「置之宮室、使之捕鼠、曾不如小狸」という言葉を挙げ、人や物にはそれぞれ長所と短所があると説いています。
日本では、『清原国賢書写本荘子抄』(1530年・室町時代後期)に、「一日の内に千里を馳す。しかれども鼠を捕ことは狸狌にはをとる也」とあります。続いて、「それぞれの技芸かはれば也」と述べ、名馬が鼠捕りに向かないのは、それぞれの技能が異なるためだと解いています。
『荘子』では、名馬が鼠捕りでは小さな獣に劣ると述べ、『説苑』では、名馬に鼠を捕らせるという「使之捕鼠」の形が使われています。現在の「驥をして鼠を捕らしむ」は、名馬を「驥」の一字で代表させ、「驥に鼠を捕らせる」という簡潔な言い方にしたものです。
こうして日本語では、人や物によって得意なことが異なるという原典の教えから、特に、すぐれた人材を能力に合わない役目に就け、その才能を生かせないことを批判する表現として定着しました。名馬には千里を走る役目を与えるべきであり、鼠捕りをさせるべきではないというたとえによって、適切な人材配置の大切さを表しています。
「驥をして鼠を捕らしむ」の使い方




「驥をして鼠を捕らしむ」の例文
- 国際大会で優勝した技術者に単純な書類整理だけを任せるのは、驥をして鼠を捕らしむというものだ。
- 名高い料理人を皿洗いだけの係に置く人事は、驥をして鼠を捕らしむと批判された。
- 優れた語学力をもつ社員を、外国語をまったく使わない部署に移すのは、驥をして鼠を捕らしむに等しい。
- 全国屈指の選手を試合に出さず、用具運びだけに当たらせては、驥をして鼠を捕らしむことになる。
- 豊かな設計経験をもつ職人に雑用ばかり命じる状況を、監督は驥をして鼠を捕らしむと改めた。
- 子どもの得意分野を見ずに役割を決めれば、学校行事でも驥をして鼠を捕らしむような配置が起こる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・金谷治訳注『荘子 第二冊 外篇』岩波書店、1975年。
・『荘子』外篇「秋水」。
・劉向編『説苑』巻十七「雑言」。
・『清原国賢書写本荘子抄』1530年。























